忘れられない恋物語 ぼくたちの失敗 森田童子 4 別々の車線を走り始めていた
今思うと、あの時から既に僕と香奈恵さんは、別々の車線を走り始めていた。
あの頃、浜田省吾さんの愛の世代の前にというアルバムをよく聴いていた。
そのなかに、ラストショーという曲がある。
別々の車線を走り始めていた、というのは、この曲のなかに出て来る歌詞だ。
香奈恵さんが僕の部屋に荷物を持って来た。そして
テキパキと掃除を始めた。
「鈴原君は、本当にヨーロッパに行きたいんだね。
部屋の1番大きな壁に、こんな大きなヨーロッパの地図が貼ってある。いつも見ていたけれど、本当に行くつもりなんだね。」
「僕の夢だから。ただ観光に行きたいわけじゃないんだ。仕事で行きたい。そんな仕事に就きたい。
そしてヨーロッパのいろんな国の人たちと出会って出来たら友達にもなりたい。」
香奈恵さんは掃除が終わると、少し休憩と言って
グラスを2つテーブルに置いた。
そして、持って来た少し大きめの瓶に入ったトマトジュースを注いだ。
「香奈恵さん、このトマトジュース美味しい。」
「そうでしょ。これ1本3千円のトマトジュース。」
「3千円?」
「トマト農家さんが自分たちで作ったトマトを厳選して作ったトマトジュースで滅多に手に入らないの鈴原君のお父さんのご実家って農家って聞いたけど鈴原君のお父さんは農家の仕事をしなかったの?」
「僕の親父は次男なんだよ。農家は長男の伯父が継いだ。農業は大したことないと思ってる人が多いけど、そんなことない。伯父が言うには、国からの補助金を頼っている農家はダメになるけど、国からの補助金を頼らずに頑張っている農家はちゃんと利益を出しているそうだよ。今、お米は全然儲からないらしくて、伯父は自分たちの食べる分と兄弟や僕たちのような親戚にあげる分しか作っていない。伯父が1番力を入れているのが果物。リンゴと梨がメインで後キウイやプルーンも作っている。野菜も作ってるけど果物ほどじゃない。農家というのはサラリーマンや酪農家の人たちと違い、毎月お金が入って来るわけじゃないんだ。農作物を収穫して、それを売った時にお金が入る。でも凄い金額なんだよ。
伯父はリンゴと梨を収穫して売ると2千万円以上になると言ったよ。」
「凄〜い。」
「しかも伯父は他の果物や野菜も作っている。僕の知ってる酪農家の人は年商5千万円だよ。僕の親父の友人はスイカ農家で美味しいと評判のスイカを作る人で、スイカの売上は約1億円だよ。ベンツの他にフェアレディZとパジェロを乗ってるらしいよ。」
「ホント?」
「でも大変な仕事だよ。農作物が収穫出来るまで休みなしだよ。日曜祝日もない。冬しか休めない。
それに台風でせっかく作った農作物が全滅することもあるんだ。」
「鈴原君は農業に興味ないの?私はいいと思うなぁ〜。私はお米じゃなくて麦を作りたい。自分で作った麦を粉にしてパンやケーキを作る。そして自分で作った果物でジャムを作って、そしてミルクティーを淹れて食べる。いいと思うけどなぁ〜。」
僕はこの時、香奈恵さんが本気でそう考えていることに気がつかなかった。
きっとこの時から、別々の車線を走り始めていた。
そう思う。