周司あきら・高井ゆと里「トランスジェンダー入門」批判(1) 美山みどり

さて、この「トランスジェンダー入門」という本は、2023年7月に集英社新書から出版された本です。
言うまでもありませんが、LGBT活動家側の本です。
ですので、この本をサンプルとして、私たちの主張を対比して、活動家側の主張がいかに性同一性障害(GID)当事者の思いと食い違っているか、を説明していきたいと思います。

この本が仕掛けてくる私たちへのいくつかの「攻撃」に対する、反論もありますし、また、この本が無視している「不都合な真実」の指摘もいくつかしていこうと思っています。
この本の主張が一から十まで嘘っぱちと主張するわけではありません。もちろんトランス当事者の「ある面」を捉えてこの本は書かれているわけで、それを否定するわけではありません。ただその主張があまりに「政治」に寄り過ぎ、またすでに是正の動きが始まっている「海外の傾向」に過度に依存しているものです。恣意的と言われても仕方ないような切り取りも「啓蒙書」の宿命かもしれませんが、そんな「一部の傾向」だけを過度に誇張して伝えているポジション・トーキングに、私たちは率直に懸念を持ちます。

実際、LGBT理解増進法もすったもんだの末に法律として成立しましたが、活動家が欲しがっていたものはほとんど何も手に入らない状態です。「トランス女性」を巡るさまざまな不祥事、「女子トイレがなくなる!」という女性たちの危機感、さらには海外の混乱っぷりとエマニュエル駐日米国大使の言動に見られるような、アメリカのあまりに不当な日本への干渉など、今年の動きはすべてLGBT活動家の思い通りにはならずに、逆に活動家たちへの疑念と警戒心が強まらせる結果に終わりました。

しかし、7月の経産省女子トイレ裁判の最高裁の判決で、未手術の性同一性障害当事者の職場女子トイレ利用を容認する結果が出たことで、これが9月に行われるGID特例法の手術要件について違憲審査を行う最高裁大法廷での弁論に影響が出るのでは?という懸念も高まっています。

ですので、活動家側の「啓蒙書」として出たこの本の、「誤り」という以上に「印象操作」と呼ぶべき、我田引水っぷりを指摘し、その政治的歪曲と不都合な情報の意図的な隠ぺい、世論誘導という政治的な目的をしっかりと暴いていこうと考えます。

いやだって、この本の構成からして、「トランス問題をテコに社会の構造を変える」という遠大な目的を隠していません。しかし、私たち当事者はそのような「政治性」によって当事者であるわけではありません。ただただそのような状況に意図せずに置かれ、その中で自分の生存と権利を、自分の周囲の環境に積極的に働きかけることを通じて、勝ち取って生きてきたまでのことです。
大文字の「政治」は語りやすいです。しかし、

しかし同時に、私たちは知っています。こうして分かりやすく平易にまとめた文章ではない、トランスたちの雑多でカラフルで、苦痛に満ちたリアルな声は、やっぱり無視されるのだと、知っています。あなたのもとに届いている「トランスの声」には、すでに偏りがあります。この本を書く私たちは、そのことも知っておていほしいと願っています。

p.114

いやまさにその通りです。この本の目的は、トランス問題を「政治的に」動員しようとする目的があり、この「政治性」によって、この本の著者を含む活動家たちと、広範な市民たちとの対立が激化しているという状況に、私たちも当事者として目をつむるわけにはいかないのです。「当事者の声」は実に多様であり、それを一つの政治的立場に解消することはできません。「『トランスジェンダー』一般の政治的主張」というものは、その立場があまりに多様過ぎるために、集約しきれるものではないのです。これが「トランスのリアル」なのです。

この本の主張に反対する私たちの声もまた「トランスの声」。

このことをしっかりご理解頂けたら幸いです。

なお、この文書は性同一性障害特例法を守る会の代表をさせていただいています、美山みどりの個人の文責で書かれたテキストです。特例法を守る会の皆様にもお読みいただいてはおりますが、トランス活動家側の本に対する書評・反論であるという性格から、美山個人の責任において書かれたものとしております。個人的見解と断って美山個人の見解を述べている個所もありますし、また美山個人の体験に基づく記述も含まれております。

第1章 トランスジェンダーとは?
第2章 性別移行
第3章 差別
第4章 医療と健康
第5章 法律
終りに


第1章 トランスジェンダーとは?

まずはここからでしょう。この本では「一般的な定義」として、

出生時に割り当てられた性別と、ジェンダーアイデンティティが異なる人たち

p.14

とざっくり定義します。これは典型的な活動家側の「定義」でもありまして、「出生時に割り当てられた」と表現することで、「性別」を社会的・制度的に構築されたものとして捉えています。もちろんこのような「社会構成論」はフェミニズムに起源をもつものですが、このような「社会的な構成」は恣意的であり、いつでも変更可能なものであるかのようなニュアンスが持たされることになります。

今の私たちの社会には、その社会に新しく生まれた存在(子ども)が女性なのか男性なのか、最初からはっきりさせておこうという文化が強力に存在しています。生まれた子どもの外性器の形を主な基準として、医師やそれに準じる職業の人々が、新しく生まれた子どもを女・男どちらかの性別にカテゴリー分けするのです。

p.15

いやそれは違うでしょう?活動家側はよく「性別はグラデーション」と主張して、それを「社会が恣意的に男/女に切り分けている」と示唆します。しかし、それまで「両性具有」や「性別不明」とされてきた、「性分化疾患(DSD)」が医学的に解明されてくるにつれ、医学的には男と女しか性別はなく、いかに曖昧な見かけであってもどちらかに分類ができるということが明らかになってきています。さらに性分化疾患当事者としても、「第三の性」であるとか、「中間的な性別」というアイデンティティを持つことはかなり少なく、「LGBT運動とは関わり合いになりたくない」と考える人がほとんどだ、ということも知られるようになりました。

GID当事者にとっても、実は「身体的性別」はまさにリアルです。GID当事者以外の一般の方が、この「身体のリアル」を無条件に肯定し、あるいは一部を保留しつつも面従腹背しつつあるのかもしれませんが、何とか折り合いをつけて生活するのに対して、GID当事者はこの「身体的性別」を肯定できないというやっかいな立場に置かれた人々なのです。けして自らが持つ「身体的性別」が「社会化を通じて、社会によって構成された」ものではなくて、「一次的・直接的な身体のリアル」を備えたものとして顕れます。言いかえれば「自分自身が自分の障害」であるような、矛盾の中に生れついたわけです。

この矛盾をしいて「意識」の問題に還元するならば、それを「ジェンダー・アイデンティティ」という曖昧な言葉で説明するしかないのです。実際、この言葉の創始者であるジョン・マネーは、この概念に根拠を与えようとして性別の社会構成主義に基づいた「言語臨界説」を唱えましたが、早々にこの理論は破綻します。
ですから、実のところ、「ジェンダー・アイデンティティ」は証明不可能な観念です。ただただ、自己の身体の性別に悩み、苦しむ人がいる。それを解決する手段として提示された「性別適合手術」が、この人たちの問題解決の手段としてやってみたら有効である….こんな「事実」から、「ジェンダー・アイデンティティ」が「あることになっている」としか、私には思えないのです。

言いかえると、この本の著者たちが「出生時に割り当てられた性別と、ジェンダーアイデンティティが異なる人たち」と、まず「問題領域」を定義することを通じて、「身体的問題」の重要性を捨象し、社会的な「アイデンティティ」の問題として「トランスジェンダー」を定義し、これが社会的な問題であるからこそ、それを政治的に誘導しようとする…こんな意図がやはりこの定義にさえも、含まれていると私は考えます。

そうして同じ差別を経験することは、同時に、同じ差別に対抗する政治的主体としての「トランスジェンダー」を生みだしもします。個人のアイデンティティよりも、社会からの扱われ方から共通性が生まれ、政治的なアイデンティティとしてのトランスジェンダーが作られていくということです。

p.27

いや私たちが活動家たちに抵抗するのは、まさにこのような「政治的アイデンティティ」の押し付けなのですよ!私たちGID当事者が「トランスジェンダー」に反発するのは、同じ状況ではないからこそ「同じ差別」ではなく、そもそもの「アイデンティティ」が異なるからでもあるのです。

例えばトランス女性の場合、男性(男の子)らしさが自分にとって嫌だったから女性的な存在になっているわけではなく、そもそも「男性(男の子)を生きてください」という押しつけが自分の人生と両立しないから、女性としての生を引き受けるわけです。

p.39

そもそもGIDにとって性別移行は、社会から「生き方」を押し付けられることへの抵抗ではありません。自らの「身体」に対する抵抗であり、ジェンダー規範によって後天的に形成されたものではないです。ですからこそ、性別適合手術を受けたGID当事者が、その結果に心の底から満足し、そして社会との「調和」しつつ「埋没」の生活を送るのです。

おそらく、社会的なすべての性差・ジェンダー規範がすべてなくなった場合でさえも、GIDは性別適合手術を受けるのです。これが「トランスジェンダー」との大きな違いだ、ということが、すでにこの第1章ですら明らかではありませんか?

第2章 性別移行


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