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Re:逃走癖女神 ⒈眠れる少女 連載恋愛小説 目次 リンク有 全24話 完結済み

世界はべつに、キラキラしてなくていい。
ひらがなを覚えた5歳のころから、都は大学ノートに詩を書いてきた。
「おいしかった?」「楽しかった?」と期待顔の大人たちに感想を迫られるたび「ふつう」と答える、まるでかわいげのない子どもだった。

***

携帯アラームは消せても、人力のほうはいかんともしがたい。
「明日締め切りなんだけどー?」
住吉紗英の怪力に揺り動かされ、都はむくりと起き上がる。
「徹夜した」
「で、仕上がった?」
「本よんでた」
現実逃避で掃除をしたり映画を見たりなんて、かわいいものだ。
ふらりと旅に出ることだって、常習的にたしなんでいる。

それに比べりゃマシか、と紗英の顔にも書いてあった。
「おいしいフレンチトースト食べたら、元気出るかも」
「へいへい。そのつもりですよ」
腕まくりをする紗英を横目に、都はふたたびベッドに体を預けた。

しばらく起きる起きないの攻防を繰り広げたのち、都は敗北を悟りバンザイをする。
「ぬがして~」
「あんた、それ男にやったらイチコロだからね?気いつけな?」
気をつけるもなにも、そんな予定は皆無なので右耳から左へスルーである。

***

幼い都のつづった詩は、母親がせっせと毎日SNSに上げていた。
それだけでなく、その筋の雑誌にも投稿しつづけていたらしい。
その事実を知ったのは、小学5年のとき。
詩集発売を知らされたのと同時だった。

ノートがときどき移動していて、不思議だったのだ。
その謎が解けたことにすっきりして、母の用意した出版サプライズに都は無反応だった。
「勝手にノート見てたってこと?」
「ごめんごめん。上手だなって、独特の感性がもったいないなって思ってさ」

自分本位な人ではあるが、シングルマザーとして苦労しているのも痛いほどわかっていた。
そういうわけで、日記がわりの創作を盗み読まれ、かつ世間にさらされた件を、娘は不問にしたのである。
「本にするから、表紙用の絵描いてよ」
本人の承諾なしにあらゆることが決められていく理不尽さにも、慣れっこだった。

***

平凡な小学生は早熟の天才少女と持ち上げられ、メディアの力で詩集としては異例のベストセラーになった。
後づけのように、いくつか賞もくっついてきた。
その一連のできごとは、都にとってはひとごと。
別世界のことに思えてしかたなかった。
TV局のまぶしすぎる照明の裏には、むきだしのベニヤ板があり、終始スタッフが駆けずり回っている。

裏側をのぞくのは興味深かったけれど、学校は休みがちになった。
ステージママが、詩人椎葉しいば都の仕事を優先させたからだ。
友達と遊ぶ時間はなくなるし、教師からはれ物扱いされるようになり、都はますます子供らしさから遠ざかっていった。

一番イヤだったのが、作文。
普通に書いて出すと、「小学生らしく書こうね」と突き返された。
まだ習っていない漢字だからと、自分の名前をひらがな交じりに書くよう強制される、あの気持ち悪さと同じだ。
そういうモヤモヤのはけ口は、もちろん書くことだった。

今も詩作を続けてはいるものの、おおやけには発表していない。
編集をしている紗英のツテでエッセイや書評をこなして、なんとか食いつないでいた。

(つづく)
▷次回、第2話「都、野心家声優と初顔合わせ」の巻。

 

*23年9月に公開していた作品です
加筆・修正し、分割して再掲します

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