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Re:逃走癖女神 ⒙詩人の覚悟 連載恋愛小説

小川のせせらぎと、小鳥のさえずり。
林を吹き抜ける風を全身に浴びながら、晴れた日には木陰で読書。
夏ならそれもできたが、今は物理的に無理だ。

「まあまあ、都さま。おきれいになられて」
出迎えてくれたのは、北條みわ。
超のつく資産家である、紗英の実家の専属家政婦だ。
「そう言われましても…紗英お嬢さまのご友人なので、都さまは都さまです」
またしても、呼び名の訂正要請は却下される。
オフシーズンで静寂に包まれているこの別荘地は、潜伏先として理想的だ。

和洋なんでもござれの、みわの絶品料理も、楽しみのひとつ。
昨日はマルゲリータピザ、おとといは若鶏のグリル。
今夜は、薪ストーブでコトコト煮込む、厚切りベーコン入りポトフだそうだ。

ここに来たら大喜びしそうだなあ、と都は華を思い浮かべ笑う。
打ち上げ以来、不思議と距離が縮まって、彼女のスケジュールを縫ってお茶や買い物に出かけていた。
友人と呼べる存在は、はじめてかもしれない。
スマホを通じてのどうでもいいやりとりが、なんだかくすぐったい。

***

街中と違って、不快な雑音がないから脳がゆったりと休まるのを感じる。
五感が研ぎすまされ、創作がはかどる。
音と手ざわりを確かめるための自作の朗読すら、空気が澄んでいるからか心地いい。

今までは蹴っていた受賞経験者としての選者を最近になって受けたので、投稿詩を吟味する仕事もある。
一時的とはいえ、畑ちがいの分野に身を置くことで学びと刺激をもらった。
それと同時に、都は自分にとってのホームグラウンドを大切にしたいと思うようになっていた。

詩人の中の変化は、作品に如実にょじつに現れる。
それを素直にかたちにしたくなった。
人にどう思われようが、核となる部分さえ見失わないでいれば大丈夫な気がする。

(つづく)
▷次回、第19話「不審者」の巻。


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