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『龍にはならない』第12話 仕事を辞めたい
次に起きると昼になっていた。カーテンは開け放たれ、明るい青空が見える。
(どれだけ眠った?)
自分の体の具合が心配になる。こんなに寝たのは初めてかもしれない。眠りこけたせいで、もう明日のことを考えないといけない。しかも根岸にぶちまけたことを今更思い出してしまった。仕事が嫌いだとわめいてしまった。
「ああ、どうしよう」
ここへ来る前のことを思い出してしまったから、もとの場所へ帰るのがも
『龍にはならない』第11話 眠りたい
薄暗い部屋で目を覚ました。
(ああ、朝だ)
体が重いのはいつものことで、さっさと起き上がって支度をしないといけない。仕事の日は思うように動けなくて、準備に時間がかかるのだから。
(あれ?)
微睡みながら、見慣れないカーテンとにらめっこをした。見慣れないけれども見たことはあるカーテン。何もない部屋の真ん中にあるソファ。私はそこで寝ていた。両手を見ると、青く染まっている。でも、昨日よりだ
『龍にはならない』第10話 嫌なこと思い出した②毒母編
あの日。青い入院着の父は面会室から病室に戻った。手術を終えた父の、頼りなく、淋しい背中が見えなくなって、痛々しい姿を見なくていいことに少しホッとしてしまった。
父を見送って、今後の話し合いも兼ねて病院内の喫茶店で妹と私と母の三人でお茶をすることになった。
「退院の日はユッコちゃんに来てもらうから、お姉ちゃんは心配しないでね」
カフェオレのカップを両手でも持つ母が言った。妹(ユッコ)が「
『龍にはならない』第9話 田植えの影々
ソファの上で目を覚ました。少し胸がつかえている。はっきり記憶を掴めないのに嫌な夢を見ていたことが喉のあたりに残っている。窓の外はすでに暗くなっていて、レースのカーテンを揺らす風は夜風になっていて、すっかり涼しくなっていた。
「起きましたか」
ソファから身を乗り出してキッチンを覗くと、小さな明かりが一つだけついている。そこに魔女が立っていた。まだ虹色の鱗に覆われた龍の姿のままだ。
「どのく
『龍にはならない』第8話 嫌なこと思い出した①グループホーム編
微睡みながらうんざりしている。どうせ嫌なことを思い出すとわかりながら、嫌な夢を見ると知りながら、眠りに落ちていく。
それはとても風の強い日だった。私はあるグループホームで働いていた。そろそろ夜勤と交代になる時間帯、二階の女性棟のゴミを集めていると、ドスドスと階段を上る足音が聞こえてきた。
(施設長だ)
嫌な予感と同時に施設長は現れる。おそらく50代男性であろう彼は、大柄で腹が出ている。
『龍にはならない』第7話 眠りにつくまで
「話は聞きました。大丈夫です。今日はうちに泊まっていきなさい」
龍になった魔女の声は変わらず、少し低くて、澄んでいて、穏やかで、優しかった。
「いいの?」
私の代わりに根岸が食い込んできた。いつになく真剣な顔をしている。龍になった魔女の姿に驚くことなく自然に話すところを見ると、やっぱり根岸はこちらの世界をよく知る人間なのだろう。
「やばいよ。狭間の世界だよ、ここ」
「七日以内なら大丈
『龍にはならない』第6話 龍と決意
魔女は庭に降り立って、髪をほどいた。私はその後姿を見つめる。午後の涼しい風が吹いて、魔女の髪を揺らした。その髪はみるみるうちに、根本から色素を失っていく。同時に、額にも頬にも、首も、腕も、透明な人の爪ほどの大きさの鱗が次々と皮膚の中から浮きあがり、全身を覆っていく。
魔女は龍へと変化している。
白い髪と鱗は陽の光を受けて、水っぽくて艶やなその表面を淡い赤や黄、緑や青や紫に忙しなく変化させてい
『龍にはならない』第5話 大丈夫
見えてきた家は平屋の一軒家だった。レトロな青い瓦屋根が可愛らしい。庭は仕立てられたモッコウバラが咲き乱れている。
ミントグリーンの玄関ドアも、イカ釣り漁船の電球みたいなポーチランプも、大きな掃き出し窓も、全部がただのおしゃれな家だった。
「玄関から入らないように」
魔女はたしなめるように言う。
「そっちは現世と繋ぐ用ですから」
その一言で、今置かれている状況のおかしさと怪しさがリ
『龍にはならない』第4話 初めまして、魔女
クローゼットの中から作業着風のベージュのエプロンをつけた、細身の女性が顔をのぞかせた。
(あれが魔女?)
背は私より少し高いだろうか。ぱさついた髪を雑に一つに縛り、エプロンの下は色褪せてヨレヨレのTシャツにスウェットパンツという姿だった。身につけているものは着古されていて、見るからにくたびれているし、顔に化粧っ気もない。でも、背筋が伸びているせいで不思議とだらしなく見えない。涼し気な
『龍にはならない』第3話 かっちゃんの部屋
赤い屋根の家に着くと、可愛らしい木の玄関扉の前に立ち、清水和馬はズボンのポケットから鍵を取り出した。鍵は鍵穴にすんなりと入り、ガチャリと音を立てて解錠を果たす。
「本当にここの家の住人だったんだんですね。疑ってすみませんでした」
私は思わず謝っていた。
「おう!」
和馬は振り返って、大きく頷く。私は粛々と瓶を手渡した。
「根岸には赤い屋根の家に住む人に、薬の瓶を渡せと言われたので、
『龍にはならない』2話 かっちゃんと異形の龍
ふと、振り返ったのは栗の花の匂いがしたから。
いい匂いとは言い難い、あの酸い匂い。視界には田んぼと、葦の林と、さっきできたばかりの崖が見える。見渡すと、遠くの小高い丘には茶畑と住宅街が見える。どこかに栗の木が隠れているのかもしれない。 そして、茶畑の丘の麓辺りに赤い屋根が見えた。
(少し遠いなぁ)
屋根を眺めつつ、田んぼ道を歩きながら思い出したことがある。
仕事終わり、私は羽の生えた
『龍にはならない』1話 爪の先が深い青
【あらすじ】 職場の同僚、根岸が虹色の羽を生やしているところを見てしまった主人公は、異形の龍になって死ぬという呪いにかけられてしまう。それを解くために一部の記憶を失いながら根岸と「狭間の世界」へやって来るが、その根岸は一人で元の世界へ帰ってしまう。置き去りにされた主人公は、狭間の世界で出会った魔女に助けられ、元の世界の嫌な記憶を思い出し、狭間の世界に少しの間だけ居座ることを決める。そして、満喫する
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