花田ハナダ

コメントに返信できなくてすみません。 とても感謝しています 長編に挑戦中!

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最近の記事

『龍にはならない』第9話 田植えの影々

 ソファの上で目を覚ました。少し胸がつかえている。はっきり記憶を掴めないのに嫌な夢を見ていたことが喉のあたりに残っている。窓の外はすでに暗くなっていて、レースのカーテンを揺らす風は夜風になっていて、すっかり涼しくなっていた。 「起きましたか」  ソファから身を乗り出してキッチンを覗くと、小さな明かりが一つだけついている。そこに魔女が立っていた。まだ虹色の鱗に覆われた龍の姿のままだ。 「どのくらい寝ていました?」 「一時間弱ですかね。根岸は帰りましたよ」  魔女の答え

    • 『龍にはならない』第8話 嫌なこと思い出した①グループホーム編

       微睡みながらうんざりしている。どうせ嫌なことを思い出すとわかりながら、嫌な夢を見ると知りながら、眠りに落ちていく。  それはとても風の強い日だった。私はあるグループホームで働いていた。そろそろ夜勤と交代になる時間帯、二階の女性棟のゴミを集めていると、ドスドスと階段を上る足音が聞こえてきた。 (施設長だ)  嫌な予感と同時に施設長は現れる。おそらく50代男性であろう彼は、大柄で腹が出ている。「俺、仕事が忙しくて全然休んでいないだよ。ご飯を食べる暇もない」というのが口癖セ

      • 『龍にはならない』第七話 眠りにつくまで

        「話は聞きました。大丈夫です。今日はうちに泊まっていきなさい」  龍になった魔女の声は変わらず、少し低くて、澄んでいて、穏やかで、優しかった。 「いいの?」  私の代わりに根岸が食い込んできた。いつになく真剣な顔をしている。龍になった魔女の姿に驚くことなく自然に話すところを見ると、やっぱり根岸はこちらの世界をよく知る人間なのだろう。 「やばいよ。狭間の世界だよ、ここ」 「七日以内なら大丈夫」  魔女はしれっと答える。鬼気迫った根岸に対して、平気な顔だった。 「大

        • 『龍にはならない』第6話 龍と決意

           魔女は庭に降り立って、髪をほどいた。私はその後姿を見つめる。午後の涼しい風が吹いて、魔女の髪を揺らした。その髪はみるみるうちに、根本から色素を失っていく。同時に、額にも頬にも、首も、腕も、透明な人の爪ほどの大きさの鱗が次々と皮膚の中から浮きあがり、全身を覆っていく。  魔女は龍へと変化している。  白い髪と鱗は陽の光を受けて、水っぽくて艶やなその表面を淡い赤や黄、緑や青や紫に忙しなく変化させている。  魔女がわずかにうつむくと、突如背中からは巨大な翼が生まれた。その衝撃は纏

        『龍にはならない』第9話 田植えの影々

          『龍にはならない』第5話 大丈夫

           見えてきた家は平屋の一軒家だった。レトロな青い瓦屋根が可愛らしい。庭は仕立てられたモッコウバラが咲き乱れている。  ミントグリーンの玄関ドアも、イカ釣り漁船の電球みたいなポーチランプも、大きな掃き出し窓も、全部がただのおしゃれな家だった。   「玄関から入らないように」  魔女はたしなめるように言う。 「そっちは現世と繋ぐ用ですから」  その一言で、今置かれている状況のおかしさと怪しさがリアルになる。せっかく見ないようにしているのに、空恐ろしさがまとわりついた。 「

          『龍にはならない』第5話 大丈夫

          『龍にはならない』第4話 初めまして、魔女

             クローゼットの中から作業着風のベージュのエプロンをつけた、細身の女性が顔をのぞかせた。 (あれが魔女?)  背は私より少し高いだろうか。ぱさついた髪を雑に一つに縛り、エプロンの下は色褪せてヨレヨレのTシャツにスウェットパンツという姿だった。身につけているものは着古されていて、見るからにくたびれているし、顔に化粧っ気もない。でも、背筋が伸びているせいで不思議とだらしなく見えない。涼し気な目元も相まってシャープな印象だった。やや清潔感はないけど。 「緊急風船を飛ばし

          『龍にはならない』第4話 初めまして、魔女

          『龍にはならない』第3話    かっちゃんの部屋

           赤い屋根の家に着くと、可愛らしい木の玄関扉の前に立ち、清水和馬はズボンのポケットから鍵を取り出した。鍵は鍵穴にすんなりと入り、ガチャリと音を立てて解錠を果たす。 「本当にここの家の住人だったんだんですね。疑ってすみませんでした」  私は思わず謝っていた。 「おう!」  和馬は振り返って、大きく頷く。私は粛々と瓶を手渡した。 「根岸には赤い屋根の家に住む人に、薬の瓶を渡せと言われたので、お渡しします」  受け取った清水和馬は1秒の迷いもなく、茶畑に向かって瓶を放り

          『龍にはならない』第3話    かっちゃんの部屋

          『龍にはならない』2話 かっちゃんと異形の龍

           ふと、振り返ったのは栗の花の匂いがしたから。  いい匂いとは言い難い、あの酸い匂い。視界には田んぼと、葦の林と、さっきできたばかりの崖が見える。見渡すと、遠くの小高い丘には茶畑と住宅街が見える。どこかに栗の木が隠れているのかもしれない。 そして、茶畑の丘の麓辺りに赤い屋根が見えた。 (少し遠いなぁ)  屋根を眺めつつ、田んぼ道を歩きながら思い出したことがある。  仕事終わり、私は羽の生えた根岸を見た。それから、それからーーそれ以上は思い出せない。  ここはどこなのだろ

          『龍にはならない』2話 かっちゃんと異形の龍

          『龍にはならない』1話 爪の先が深い青

          【あらすじ】 職場の同僚、根岸が虹色の羽を生やしているところを見てしまった主人公は、異形の龍になって死ぬという呪いにかけられてしまう。それを解くために一部の記憶を失いながら根岸と「狭間の世界」へやって来るが、その根岸は一人で元の世界へ帰ってしまう。置き去りにされた主人公は、狭間の世界で出会った魔女に助けられ、元の世界の嫌な記憶を思い出し、狭間の世界に7日間だけ居座ることを決める。そして、満喫するうちに知らずに失った心を取り戻していく。  小川を飛び越え、両足を踏みしめたと同

          『龍にはならない』1話 爪の先が深い青

          詩を馬鹿にしないで

          詩を馬鹿にしないで 胸につまった言葉を ノートに吐き出して 私は幾度も救われたから 詩はくどいとか言わないで 言葉で桜を愛でるくせに 愛を歌うくせに 恋を盲信するくせに 詩を蔑ろにするなんて

          詩を馬鹿にしないで

          笑いたいだけの体

          ああ疲れた すごく疲れた 疲れた日には 底抜けに くだらない話を聞きたい 心も カラダも 脳みそも もうクタクタなのよ だから 猛烈に笑いたい ただ、ただ 笑い飛ばしたい どうでもよくて 明るくて くだらない話で笑いたい 疲れた体が求めている ただ笑いたい 疲れを笑い飛ばしたい

          笑いたいだけの体

          顕微鏡を覗いたら

          今私の細胞を 顕微鏡で覗いたら 『疲』の文字が見えるでしょう 肩にも足にも心にも 疲労がずっしり溜まっている 「それなら私は『眠』だと思う」 宿題片手に娘が言う それそれ、それよ と、私は笑う 毎日は続く 疲れていても 眠くても だから 今夜は温かくして ゆっくり休もう 「風呂は追い焚きしておくね」 すでにパジャマの夫が言う 次は私が入る番 私は熱めが好きだから いつも通りのおしゃべりに 疲れは少しずつ溶けていく 次に私の細胞を 顕微鏡で覗いたら 「疲」の中にき

          顕微鏡を覗いたら

          冬至の日の母(詩)

          自転車で風を切る 冬の空気で耳が痛い 今日は冬至だ 仕事が終わったら 柚子を買って帰ろう 黄色のまんまるを 湯船に浮かべたら 濃紺の冬の夜に 明るく灯るだろう 子どもたちが 健やかであるようにと 冬が穏やかに過ぎていくことを 今夜は祈ろうと思う

          冬至の日の母(詩)

          星が降ればいいのに(詩)

          星が降ればいいのに そして世界を救えばいいのに この一瞬だけ奇跡が起きて この一瞬だけ優しくなって この一瞬だけ 世界が救われればいいのに それで何かが変わればいいのに 優しい方に変わればいいのに 私もついでに救ってってよ ぽんと肩を叩くみたいにね

          星が降ればいいのに(詩)

          秋だなぁと思う幸せ(詩)

          勝手口から夜空を見上げる 青白い月がいる 綺麗だなと、思う 秋だなぁと、思う 明るいね、と夫が言う 明日は満月だよ、と娘が言う 視線の先に同じものがある幸せは 他愛のない日常に浮かんで 私を優しく照らしている

          秋だなぁと思う幸せ(詩)

          報告。11月のこと(詩)

          秋が終わりを迎える季節が あんなにも怖かったのに 今年は不思議と穏やかです だんだん日は短くなり 空はすぐに暮れていくことが 毎年心細かったのに 今年は不思議と 心が凪いでいます 庭のアスパラガスの葉が 黄色く枯れて その黄色に強く心惹かれて 残された芝の先が 赤く変わっていることに 胸が騒いで 振り返れば 草も木も冬を受け入れて 色とりどりに染まっているのだと ようやく気づいたわけです 冬目前のこの季節は 穏やかな陽射しの下で 穏やかだな気持ちでいたいです アスパラガ

          報告。11月のこと(詩)