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【微ホラー短編集めてみました】⑥未練がましい変態守護霊

 一人暮らしをしていた時。五年くらい前かな。隣に若い夫婦が引っ越してきたんです。夜勤の仕事をしていてほとんど昼間いなかったんだけど、たまたまいたんで挨拶をしました。女性は可愛らしい方でした。小柄で、オシャレな感じ。男性は背が高くて、ひょろっとしていて、黒いパーカーを着ていました。彼女の可愛らしさに比べたら、その……正直に言えば少しナヨナヨしていました。

 僕は、どうにも二人を見たことがあるような気がして、思わず見入ってしまいました。

「よろしくお願いします」

 こちらを気にすることもなく、女性がにこやかに言うと、男性も微笑みました。新婚夫婦ってこんな感じなのかな? なんて。変な想像をしていたら既視感なんて忘れてしまいました。
 でもその日から、夜中に洗面所の鏡からドンドンと音が聞こえるようになったんです。洗面所を覗いても誰もいない。
 まあ、普段は夜勤だし、大して気にはなりませんでしたが。

 ある日の昼過ぎ。呼び鈴が何度も押され、出るとお隣の奥さんが一人で立っていました。出勤の二時間ほど前のことでした。面倒事は嫌だなぁと思っていたんですが、様子がどうもおかしい。化粧はバッチリしていたけど、おろした髪は少し乱れていたし、上半身はTシャツ一枚。下半身はパイル地のショートパンツ。風呂上がりに飛び出してきたような姿でした。

「お願いです」

 玄関に入り込み、彼女は僕の手を素早く掴みました。体が近づいた分、甘いシャンプーの香りにクラっとしました。

「どうしたんですか?」

 胸元を見ないよう眉間にシワを寄せて訊ねると、彼女はじっと僕を見上げて涙目で言いました。

「誰かが鏡を叩いているんです」

 それを聞いて、思わず「あっ」と声が出ました。二人が引っ越してきた日から始まった不可解な騒音と同じだったから。

「見たら鏡に血まみれの男が映って。だから飛び出してきたんです。この近くで若い男が殺されたらしいって噂を聞いたから、怖くて」

 何だか世間に溢れているホラーみたいな話でした。

「それは、鏡が怖くなりますね」

「信じてないんですね」

 なじるように彼女が言ったので、僕は慌てて首を振りました。

「いいえ。信じてますよ。うちも叩く音が聞こえるから」

「そうなの?」

「でも、鏡の中の男は見ていませんけど」

 そもそも鏡を確認していないだけかもしれないけど。

「あの……」

 彼女はぴったりと体を寄せます。

「ここにいさせてくれませんか?」

「でも、これから仕事だし」

 僕は精一杯狼狽えてみせました。人妻という言葉を脳内でグルグルさせながら。

「少しだけでいいんです」

「でも、旦那さんが帰って来るでしょ?」

「えっ?」

 彼女の目が大きく見開かれ、不意をつかれたせいかその顔はやや老けて見えました。やっぱり、どこかで見たことのある顔でした。

「旦那さんなんていない。独身です」

 彼女の表情から、嘘をついているようには見えません。僕はなるべく冷静に、低い声で彼女に訊ねました。

「鏡に映った男ってどんな男ですか?」

 唾を飲み込み、彼女も静かに答えます。

「黒いパーカーを着た、痩せた若い男です」

 それはそのまま、挨拶のときに見た男の容姿でした。では、あれはつまり……

「お願いです。一緒にいてください」

 人妻ではなくなった彼女が腕をさらに強く引き寄せました。僕は言われるがまま部屋へ彼女を連れていきました。
 そのとき、恐怖より下心のほうがムクムクと育っていました。何より彼女はどこか確信犯的な視線を僕に送っていたから。
 それから二時間弱の後、僕は彼女を部屋にそのままにして仕事へいきました。

 帰ると彼女はいませんでした。部屋は一見、荒らされた様子はなかったのですが、タンスや収納棚が開けられた形跡があって、自宅においていた現金三万円が消えていました。
 お隣を訪ねたら、全く違う人が住んでいて驚きましたよ。
 警察に通報しろ?
 するわけ無いでしょ? 
 知っているくせに性格悪いなぁ。僕、殺人鬼ですよ?
 あなた、あの時のパーカー男ですよね?
 見たことがあると思ったら、あなたは僕が手にかけた男だったわけですよ。しかも女は、僕に殺人を依頼したあなたの元カノ。女の見た目は変わりますねぇ。ーーいや、僕に見る目がないだけか。
 彼女は幽霊のあなたと手を組んで僕を騙したの? 違う? 
 あの日、鏡の中にいるのを見られたのはあなたのミスで、普段は見えてないって?
 ただの手癖の悪い女なの? 
 ああ、殺人鬼の僕なら警察に知らせないとわかってやったのか。
 じゃあ、あなたは何故現れたんですか?
 今夜も何の用ですか? 
 五年ぶりに洗面所の鏡に化けて出てきて。
 僕への復讐? 違うの?
 守護霊だから殺人鬼から彼女を守りたい? 
 彼女があなたを殺させたのに。
 まだ未練があるんですね。変態だなぁ。
 大丈夫ですよ。色々あって彼女は今、僕の妻です。そろそろ帰って来るんで消えてください。
 それとも鏡の中から僕らの情事でも見ていきます?

 大丈夫。妻を殺したりしませんよ。

 今のところね。

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