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バストロ、ビッチ・マグネット、ドン・キャバレロ....アメリカ中西部が産んだハードコアパンク 「ポストハードコア」は今いずこ?

80年代のアメリカンハードコアシーンについて言及する際は、主に「東」と「西」を二大シーンとして語るのが模範的である。
東の筆頭はバッド・ブレインズ、マイナー・スレット、西の筆頭はブラック・フラッグ、デッド・ケネディーズ。

しかし多くの、特にパンクの延長線上からハードコアに目を向けた音楽リスナーにとっての盲点が当時のハードコアパンクシーンには存在した。

それが「アメリカ中西部のハードコア」である。

「中西部」というのは具体的には、シカゴ、デトロイト、ケンタッキーといった都市なのだが、この地域で80年代に産み出されたハードコアパンクは、上記のハードコアパンク勢の音楽性やスタイルとは違うし、存在感的にもいささか異質だ。

そもそもクラシック音楽が誕生してから、世界の音楽シーン(クラシックもポピュラー音楽も含め)の中心はずっとヨーロッパだったのだが、ジョン・レノンとシド・ヴィシャスを失って以降、イギリスおよびヨーロッパは音楽(特にポピュラー音楽)の覇権をアメリカに明け渡すことになる。

アメリカで最初にそのバトンを受け取ったのがボブ・ディランとモータウンである。

ここで興味深いのは
「ボブ・ディランもモータウンもアメリカ中西部で誕生した」
という事実だ。

20世紀以降のクラブカルチャーの源流となる「シカゴハウス」も「デトロイトテクノ」もその名の通りアメリカ中西部から誕生したし、東西抗争の影響で東と西がフィーチャーされがちなヒップホップシーンにおいても、シカゴからカニエ・ウェストとコモンを、デトロイトからエミネムとJ・ディラを輩出しただけでシーンにとって向こう200年分ぐらいの仕事をした印象がある。多少のこじつけ感はあるがマイケル・ジャクソンが産まれたのもインディアナ州である。

そういった点で、理由はさておきアメリカ中西部というのは
「東海岸や西海岸以上の、アメリカ音楽シーンにおける最重要地域」であると断言でき、それは今回紹介するハードコアシーンにも当てはまる。

80年代以降のアメリカ中西部のインディロック人脈の中心にいたのがシカゴのスティーヴ・アルビニという人物である。
ヒョロっとした体型とファッションに無頓着そうなメガネと髪型と服装で、一見するとアニソンに熱狂してそうな欧米のオタクっぽいのだが、見た目に反してその音楽性とバンド遍歴はストロングスタイルである。当時「ジャンク」ミュージックとして日本に紹介されたビッグ・ブラック、今のご時世バンド名を言うのも憚られるレイプマン、そして現在進行形のシェラックである。

ビッグ・ブラックとレイプマンの音楽は、一概にハードコアと呼ぶには若干違和感があるくらいやや特殊である。パンクの8ビートを高速化しただけのような同時代のハードコア勢とは違い、聴いている人に「曲変わった?」と思わせるぐらい一曲の中で極端にリズムやテンポを変えてしまう楽曲が散見される。ここに「ポストハードコア」への微かな萌芽が垣間見える。

The Power Of Independent Trucking / BIG BLACK


Up Beat / Rapeman

もちろん楽曲個々にもよるので、バンド全体の印象を大まかに見ればまだビッグ・ブラッグもレイプマンもハードコアパンクの分類である。

スティーヴ・アルビニはフロントマンとして自身のバンド活動をする傍ら、レコーディングエンジニアとしても多くのアルバムを手がける。そこで彼が携わったのが今回紹介するポストハードコアのバンド、バストロとドン・キャバレロだ。

Flesh-Colored House / Bastro


hirscheneck / Bastro


Belted Sweater / don caballero



バストロはフロントマンのデヴィッド・グラブスがスクワール・バイト解散後の大学在学中に結成したバンドである(グラブスがジョージタウン大学の学生だったのてバストロ自体はワシントンD.C.にて結成されている)。スクワール・バイトは中期ハスカー・ドゥみたいなメロディアスなハードコアバンドで、ポストハードコアっぽさはその時点ではあまり無いが、ドラマーのジョン・マッケンタイアがメンバーとして加わったバストロでは一気に音の厚み、楽曲の複雑さが増して、まさに「ポストハードコア」の原点にして真髄を堪能できる。
ドン・キャバレロは時系列的に見ても完全なバストロフォロワーで、特に初期の楽曲はほぼバストロみたいな曲ばかりである。



もう一組、ビッチ・マグネットというバンドも紹介したい。
彼らはもともと大学の同期生達で88年に結成された比較的ストレートなハードコアパンクバンドだった(1stEPまでは)が、翌年のデヴィッド・グラブスの加入(たぶんサポート程度)を機にポストハードコア色が一気に強まり、後にポストハードコアバンドの筆頭として挙げられるようになった。


Gator / Bitch Magnet


「ポストハードコア」という音楽ジャンルの定義については、有象無象の説明がネット上に転がっているのだが、個人的な見解を述べれば、

①激しく速く、基本的にはうるさくノイジーである

②ギターやボーカルではなく、ドラムが楽曲をリードしている印象を受ける

③インストゥルメンタルが主体である

④一つの楽曲の中でリズムやテンポが大きく変化したり、極端な抑揚やブレイクがある。

⑤インテリがやっている

の五点である。

ここから①のエッセンスをやや抜き取ったのが、アルビニが現在活動しているシェラックのほか、スリント、ガスター・デル・ソル、モグワイ、ゴッドスピードユー!ブラックエンペラー、ジューン・オブ・44、トータス(少し毛色が違うが)といった「ポストロック」と呼ばれる音楽である(と私は考えている)。
要するにロック史の時系列で見ればポストロックよりもポストハードコアの方が先に誕生した(と私は考えている)。
①を突き詰めてノイズ界隈からの影響とエッセンスをより色濃く加えたのがライトニングボルトやヘラなどのインストノイズロック勢である。

②とにかくドラマーがハイカロリーである。激しいフィルインの多用、というかシンプルなビートパターンを無視してハイスピードな高難度のフィルインのみで曲中ずっとドラミングを続けるような曲展開がポストハードコアの特徴である(inazawa chainsawが通常運転のような)。

③については、必ずインストゥルメンタルとは限らない。ボーカルがあったとしても、主旋律をリードしたりせず、ただ叫んでいたり、演奏に呼応したりするだけで「ボーカルの重要性と存在感が薄い」というのが特徴である。

ドン・キャバレロは活動後期に④をより追求した音楽を志向するようになり、2000年に『American Don』を発表する。それが後にドン・キャバレロのイアン・ウィリアムズが結成したバトルスを筆頭とした「マスロック」と呼ばれるジャンルのベースとなる(マスロックの「マス(Math)」というのは「数学」という意味で、転じて変則的なドラミングやテンポの変更を目まぐるしく緻密に行うロックのことを「マスロック」として分類している)。

最後⑤は、ふざけているようでハードコアパンクシーンにおけるポストハードコアのパーソナリティを語る上で実は重要である。
ノースウェスタン大学出身のアルビニを筆頭に、ジョージタウン大学出身のデヴィッド・グラブス、ピッツバーグ大学出身のイアン・ウィリアムズ、メンバー全員がオーバリン大学出身のビッチ・マグネットと、ポストハードコア黎明期の関係者は軒並み高学歴のオンパレードである。
彼らの持ち前のインテリジェンスがポストハードコアの複雑な音楽性とポストロックへの進化に一役買ったのは想像に難くない。


それではポストハードコアシーンの2024年現在の現状は?と言われると、正直言えばよくわからない。
2000年代以降はコンドル44や後期BOaTなど日本国内にも多少のフォロワーが現れ、ライトニングボルトやヘラを筆頭とするインストノイズロックのプチブレイクを経た後、バトルスを筆頭としたマスロックのプチブレイク(日本で言えばtoeなど)などもありその都度多少のスポットライトのタイミングがあったものの、時代を伝うほどにどんどんポストロックと同化/グルーピングされ音楽的に優しく、柔らかくなっていき、ポストハードコア本来の激しい音楽性は失われてきてしまった印象である。
そもそもポストハードコアを80年代に勃興し推進してきたデヴィッド・グラブス自身がバストロ〜ガスターデルソル〜ソロ活動を経てどんどん音楽性をソフト/トラッド路線に振っていったので、ポストハードコアはすっかり過去の音楽ジャンルとなってしまった感もある。メンバーの入れ替えと再結成ののち2008年にアルバムを発表したきりのドン・キャバレロも、現在ちゃんと稼働しているのかどうかすら怪しげである。

それ故、新規層が「昔の激しいハードコアを聴きたい!」と思い立った時に、現状誘導されるハードコアが西海岸あるいは東海岸もしくはイギリス勢「だけ」に限定されてしまっているのは非常に勿体無い。

ポストハードコアは「後追い世代にとってもまだまだかっこよくて新しいハードコア」なので、今の若い人にもぜひ聴いてほしい。

「王道のハードコアパンクに飽きてきてしまった」
「ストレートエッジじゃなんだか刺激が足りない」
「パワーヴァイオンレスまで聴き尽くした」
「カオティックはそれはそれで違うんだよな」

という君、アメリカ中西部のインテリ達が産み出したハードコア、新たな刺激のポストハードコアを一度聴いてみてくれ!

どうしても激しさとうるささが魅力の音楽なので、イヤホンやヘッドフォンで聴く際は、お耳を労るために音量注意です。

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