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魚の骨が刺さった、二の腕に。殺される、と思った。【ちえちゃん 完結】

初めましての方は下記リンクから!この記事は前記事【ちえちゃんPart2】の続きです。
https://note.com/genkinamaigo/n/n9922fad22a02

ところが私はいま、必死に自分の二の腕から滴る血を止めようと、手当たり次第に傷口に布やティッシュを当てている。こんなに惨めな事があるだるか。いつ殺したかわからないほど無意識に奪った命の、その死骸に二の腕を突かれたのだ。死が迎えに来るのを待っていた私を遂に殺しに来たのだと思った。けれど、本当に殺しに来るなんて、聞いていない。死神とは、私たちが思っているような姿などしていなかった。こうやって私がいつか奪った何かの形をして待ち構えているものなのだ。そうでなければ魚の骨がこんな角度で二の腕に刺さることなどあっていいものか。万が一刺されたとしても、こんなに出血することがあっていいはずがない。穏やかな死などないのだとわかった。油断した先に、不意に死があるのだ。殆どが一瞬の出来事なのかもしれない。その一瞬の天秤にかけられるところだった。
血がベタベタしたので、いつぶりかにシャワーの蛇口を捻った。ついでに頭と身体を洗った。髪の毛がちっとも泡立たなかったので、2回シャンプーを洗い流して、一応3回髪を泡だてた。今まで頭皮を覆っていた脂が排水溝に流れて行った。私は水中に長らく潜っていたかのように、大袈裟に大きなため息をついた。「ったああああ!」あっぶね。私は全然死んでなどいなかった。その時急にわかった。あのクソヤブ医者が。大体、万が一ここで私が死んで、誰かが発見した時に、ゴミ屋敷で自分がいつか食べた魚の骨に二の腕を刺されて死んだ女として処理されることがあってなるものか。その時初めて、こんな風になってまで、私は必死に生にしがみ付いていたことに気づいた。二の腕の傷口から血が滲んで、シャワーに溶けてぽたぽたと落ちた。綺麗な赤だった。絆創膏を貼った。この傷はいつか治る、と思うまでもなくわかった。
髪を完全に乾かし終えると、なんだか自分が綺麗になった気がした。と同時に部屋の圧倒的な汚さにようやく違和感を覚えた。窓を開け、少しずつ、本当に少しずつ、部屋を片付け始めた。

 ちえちゃんの個展は、大きなブースではなかったけれど、ちえちゃんのバイト先の絵画教室のつてもあってアクセスのよい小綺麗な場所で開かれた。ちえちゃんの絵には、やっぱりどこか温かみがあると改めて思った。ちえちゃんの親戚や友達や、バイト先の人たちが沢山訪れた。最後の日にこうちゃんに、好きな絵を持って行っていってくれと言われたので、私は金の皿に乗った鯛の煮付けの絵を一枚選んだ。

帰って、引っ越してまだ何もない私の部屋の、窓の見える場所に飾った。ちえちゃん、どうせ私にはまだそっちに行けそうもないから、こっちのことは私にまかせてね。ちえちゃんが作った鯛に話しかけた。恐らくこの骨が、私を今日も生かしている。

おわり

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これにて【ちえちゃん】は完結です!

ちえちゃんは小出の父親が死んだ週に書いた文章だったので、少し暗かったかもしれません。笑 父はよく自分のアトリエで誰に見せるでもない油絵を書いていました。


次記事からは同じ書き出しで、谷口が前半部分を書き、後半部分を小出が書いた文章を上げていきます。
お楽しみに!

小出


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