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ブランディングとは何か

芸術とデザイン、機能的と情緒的、作者性と匿名性などは昔から多くのデザイナーが議論がしてきた内容である。そういった中でも、売上が数千万円レベルのスタートアップから、数千億円規模の上場企業のブランド設計を経験してきた経営学からデザインを学んでいったデザイナーの視点から、改めてブランド・ブランディングとは何かを思索してみることにしました。


一般的に定義されているブランドの説明では、ブランドとは何かと何かを識別するものであり、企業の競争優位性や無形資産でもある。またブランドの認知は企業の時価総額に比例し、個々の生活に近いブランドであるほど、認知度は高くなる。ハイブランドであれ、消費財であれ、私たちの頭の中に知覚され定義されている存在、それがブランドではないだろうか。


では、ブランディングとはどのようなものなのか。商業的な目的であれば、それは人々の頭の中に「知覚」を作ることである。いわゆる、心理学の領域である。知覚と言ってもそれは一つの要素で認知されるものではなく、思想・主義・哲学・歴史・事象・商品・体験などあらゆるコンテクスト(企業の背景に存在しているもの)によって複雑的に人々の頭の中に確立していくものである。それを創り出す行為がブランディングである。つまりブランド設計を提案するデザイン会社だけではなく、経営陣、社員など関わる人全ての思考や行動がブランドへとつながるわけである。そこに中立性と規律を与え、同じように思索し、行動する組織を作ることがブランディングであると考える。

つまりブランディングとは、どのように思ってもらえるかという「アウターブランディング(外的な知覚)」と、どのように思って行動するかの「インナーブランディング(内的な動機)」に分解することが可能である。このように考えると、ビジョン・ミッション・バリュー・行動指針・経営理念・社是みたいなものを連想する方も多いと思うが、それらが「内的な動機」として、しっかり機能している会社はかなり稀である。なぜなら、株主や顧客、そして社会的な責任を考えすぎて、本当の会社の文化とは違う「本質」を掲げてしまうからである。スターバックスやリッツ・カールトンの「クレド」のようなものも、とても洗練されているとは思うが、価値提供を言語化しているもので主義思想を言語化しているものではない。また今流行りの存在意義やWhyからのコミュニケーションでブランドを構築していくことも「内的な動機」ではあるが、取り扱い方を間違えている企業が非常に多い。


思考が行動になり、行動が習慣になり、習慣が性格になるなどと言われているように、ブランディングも「行動」(デザインやスタイル)を変えるのではなく、主義思想や哲学などの「思考」からデザインしなければ、ブランドの「性格」を変容することにはならない。では、企業の中期経営計画や戦略、3C分析、ビジョン・ミッション・バリュー・経営理念・スローガンなどから本質的なコンセプトを導き出し、言語表現・視覚表現を整理し、機能的で普遍的なコーポレートアイデンティティをデザインすることが思考からデザインするブランディングなのだろうか。この問いを紐解くには、少し経営論とデザイン史の両端に触れておく必要がある。


経営戦略論・組織論的な視座からブランディングを解釈するのであれば「外的な知覚」はジョー・ベインやポーターなどが発展させたSCP理論であり「内的な動機」はバーガー・ワーナーフェルト、ジェイ・バーニー、ディエリックスやクールのRBV(資源ベース理論)や野中郁次郎先生のSECI理論、コグート、ザンダーのKBV理論、組織行動論などに置き換えることが可能である。個人的には、アイゼンハートが主張するシンプル・ルールが一番理解しやすいのではと思っている。これは、変化が激しい環境下で企業が独自の資源を活用して超過利益を持続的に出すためには、数を絞ったシンプルなルールだけを組織に徹底させ、後は状況に合わせて柔軟に対応していくというものだ。つまり、企業のプリンシパル(思考)を策定、それを軸に行動していけば、企業は自然に新しい価値を生み出し、成長していくというものである。

ディーター・ラムスの「10 Principles of Good Design」などはシンプル・ルールに近いディシプリン(規律)である。このように言葉を形式知化するという点だけであれば簡単に見える。しかし、経営理論を熟知しながら、適切に暗黙知を形式知にできるデザイナーは非常に少ないのが現状である。なぜならブランディングという領域には、単なる機能する経済的なデザインだけではなく、経営学、社会学、心理学、認知心理学、組織行動学、行動心理学などの知識が必要になってくるからである。「スタイルはあるけれど中身がないデザイン」の中身とはまさにこれらの学問のことである。デザイン品質が高く、アイデアが優れている作品は、一種のアートであり人々の心を惹きつけるものではあるが、企業の主義思想を機能的に表現できているものではない。また、経済的な結果を求めて設計されたデザインも、企業を持続的に存在させられるものではない。


デザイン史からみたブランディングの始まりは、1900年代始めに遡る。この時代バウハウスを代表としたデザイナーたちは、芸術に求められていた作者性ではなく、匿名性に基づいたデザイン思想を掲げていた。デザイン思想では、これ一括りにアヴァンギャルド的観念というらしい。また、マックスビル・エミール・ルーダー、ヨーゼフ・ミュラー=ブロックマンなどのスイスのグラフィックデザイナー達はグリットデザインというシステムでアヴァンギャルドの哲学を発展させた。建築家のル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエもこの時代の思想で活躍しているし、アップルのデザインの原型と言われている、プロダクトデザイナーのディーター・ラムスやファッションデザイナーのジルサンダーなどもこの時代の影響を大きく受けている。客観性と中立性、普遍性などを理想としたデザインはその後、ポールランド、ヘルベルトバイヤーなどのアメリカのデザイナーによってコーポレート・アイデンティティという形で資本主義や経営戦略論と融合していく。いわゆるCIブームと言われるものである。そういったモダニズム的な思想デザインが今日の私たち日本人にとっての「ブランディング」のイメージだろう。ということもあり、ブランドデザインは全てシンプルで普遍的で機能的なものが良いとされている。今流行りのUIデザインやデザイン思考などもアヴァンギャルド的思想が源流にある。ほぼ全てがスイスのグリッドデザインの思想でデザインされており、人々の中でのブランディングの認識はこの時代のもので止まっている可能性が高い。


だが、アヴァンギャルドなどのモダニズム的な思想に対して、ウォルフガングなどが、直感を大事にした作家性のあるロマン主義的で自己表現的アプローチをする流れを作り出した。これは普遍的で機能的なデザインは退屈であるという反逆的な思想であり、デザイナー達をアヴァンギャルド的観念から感性や情緒を重きに置くロマン主義的な自己表現の時代へと逆戻りさせたのである。また、1990年代〜現代になると地球に全体に対する社会的な責任と人間としての倫理性を問うデザインが生まれ出した。これにはインターネットの普及が大きく影響している。私たちは今、地球規模での知識の共有によって、自身の在り方を問い直す流れに生きているのだ。服の廃棄問題や動物保護を考慮したファッションデザイナーのステラマッカートニーやパタゴニアなどがこの時流のブランド設計といえるだろう。そのため、問題を解決するのではなく、問題を提起するという、未来のことを空想するスペキュラティブデザインやどのように幸せに生きるべきか?というウェルビーイングに対しての議論が多くなされているのが現状である。


ブランド力の強い企業はアヴァンギャルド的な観念が理想としていた機能的・論理的な要素だけではなく、ロマン主義的な情緒的、感性的なデザインを作り出すことができている。また社会的責任や課題解決、問題提起のデザインであるスペキュラティブなブランド設計が注目され始めたりと、時代に合わせてブランディングの定義も少しづつ進化しているが、だか今あえてブランディングを定義するのであれば「企業がもっている主義思想や社会的責任をもとに、アバンギャルド的思想とロマン主義的な思想を高次なレベルで組み合わせ、品質の高いアイデアとデザインで表現し、人々の心に認知させていくこと」になるのではないだろうか。

思想や歴史はブランドやブランディングを説明する上で避けては通れないものである。顧客が望んでいるニーズを満たしてアヴァンギャルド的な観念をもとにデザインをするだけではブランディングとは言えない。かといって存在意義やビジョンなどのロマン主義的な思想で自己表現を追い求める企業もブランディングとしては不完全である。私たちデザイナーはこのような歴史の流れの中でどのような哲学をもちサービスを提供するべきかを考えるイデオロギーデザインの時代に突入しているのではないだろうか。

このように、これからの時代では「ブランド」「ブランディング」を理解するためには「デザインと経営」両方から理解しておくことが重要となるだろう。しかし、それは少し話題となった「デザイン経営」とは少し方向性が違う。ポートランドやエストニア、デンマークやフィンランドなどの国や町はイデオロギーからしっかり戦略設計されている良い事例だと思うが、日本の町のほとんどは、コンセプチュアルなホテルやご当地キャラを作ったり、ふるさと納税という仕組みを活用したり、ドローン撮影や話題になるPRなど表層的な部分でしか理解できていない。(日本の東川町などしっかりとイデオロギーから設計している場所もいくつかある)

そこまで難しく考えなくても良いのではないか?という意見もあるかと思うが、顧客にとって本当に必要なことを考え、プロジェクトを高いレベルで成功させるためには、より丁寧で粒度の細かい戦略を設計することが重要であると考える。論理的に考えるか、感性的に考えるか、デザインかアートか、これらは永遠と語られていくテーマであり正解などは存在しない。そこにあるものは「デザイン」の品質をひたすら高くしていくという「思考」と「行動」のみではないだろうか。


経営戦略やビジネス視点から経営理念など思想設計やブランド設計を担うブランドデザイナー。スタートアップ、上場企業など合わせて50以上の企業のブランド構築を担い、複数の会社の上場、グロース、売却を経験。イデオロギーからのブランド設計を発案し提唱している。