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ゲンバノミライ(仮)第43話 ファインの大橋さん

草木が生い茂った中で、リュックを背負ってゆっくりと上がっていく。現地に行くという基本は不変。

だが、肉体労働が待っている訳ではない。刻々と上がってくるデータと、現地に立った時の第一印象を基に、設計者に渡す基礎資料を作成する。これは究極のリモートワークだと思っている。

大橋亮は、建設工事の計画地に行って現地を測量して3Dデータ化し、計画用途を踏まえつつ、大まかなイメージ案を作る会社に勤務している。測量作業自体はほとんどが自動化されているため、人工知能(AI)が提示した検討案を絞り込んで成果品に仕上げる方がメインだ。かつては測量設計会社と呼ばれていたが、業務がかなり変わっている。

測量は自動化が著しい分野の一つで、ゼネコンや設計会社、建設コンサルタントらが自動測量機を購入して内在化するケースが増えていった。行政など発注者側でも自動測量機を購入したりリースする動きが出ている。一体的に発注した方がコストが下がるため、基本測量や縦横断測量だけ発注するケースが減少傾向にある。

このままでは生き残りが厳しいと大橋の会社では考えた。長年培った測量技術やデータ解析技術は、専門業者としての強みをしっかり持っている。測量成果を基に、その後の設計につながるような大まかな当たりを付けたイメージを作れば、設計会社らの手間が軽減できるのではないか。

大橋らは、測量業務のクライアントに対して設計データを提供してもらう作業から始めた。例えば、真っ平らな更地を測量したとしても、ショッピングセンターを建てるケースもあれば、掘削して貯水池にするケースもある。斜面であれば、造成して住宅地にする場合もあれば、擁壁を構築して高速道路が造られる場合もある。そうした設計データを教師データとしてAIに入れ込んで、ディープラーニング(深層学習)を進めた。
土木構造物の設計や建築設計の経験豊富なベテランを雇用し、教師データのパターンを増やすための設計案も作成してAIに覚え込ませていった。

自動測量の高度化も進めた。ドローン(小型無人機)やレーザー測量、自動運転分野で用いられるLiDAR(ライダー)などを複数の測量手法を組み合わせてデータを収集し、3D図面として合成する仕組みを作り上げた。

こうして出来上がったのが、測量成果と用途を入れ込めばAIで計画物のラフなイメージスケッチを作ってくれるシステムだ。現地を見てぱっと思い浮かんだ第一印象を具現化するという意味から、ファーストインプレッションを略した「ファイン」と名付けた。自分たちの役目が日の目を当たるようにという願いも込めた。

これが当たった。

それなりの専門家が当たりを付けた素材があることで、最初から考えるよりも設計業務が格段に楽になったのだ。本当に注力すべき作業に技術者の労力や時間を割くことができるようになる。世の中全体で労働人口が先細りの状況にある中で、刺さるツールになった。

受託業務は右肩上がりで増えていった。合わせて教師データも蓄積されていくため、より多様なパターンを提示できるようになる。そうすれば、提示する成果品の品質が高まり、納期もより短くなる。そうした好循環が生まれていた。

これまで多数の案件を手掛けてきたが、今回の復興街づくりは規模が違った。中央エリアのほかに、点在する集落をいくつも造成して整備する。道路や橋梁、公園などもあちこちでいくつも建設しなければいけない。復興街づくりを一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)は、膨大な作業に追われていた。そこで大橋らにお呼びが掛かった。

工事はまだまだ途中だが、大橋らの役目は終わりに近づいている。今日来た場所は、点在集落としては最後の整備箇所となる。大橋は、部下の松島麻美を引き連れて、車で現場に向かった。

できるだけ近い場所に車を止めると、トランクから測量セット一式を下ろして、藪の中を登っていった。

まずはGNSS(全球測位衛星システム)とドローンからのデータを基に、測定対象地を包含する位置に4本のポールを立てる。自動測量マシンは、このポールの内側を動き回るのだ。
最初にドローンを起動し、自動飛行による高解像度撮影を開始する。次に、六足歩行型ロボットで点群データ収集に入る。このロボットは、前方部分のレーザーで点群データを、後方部分のセンサーで温度や質感のデータを、足の部分で実際の地面までの距離などを把握する。草がどの程度生い茂っていて、木の根がどう張っているのかなどをつぶさに見ていくのだ。今回は山林が対象だが、街中であればアスファルトやコンクリートといった素材や、建物や構造物の外観などからも状況判断する。

ドローンと六足歩行型ロボットは、それぞれが干渉しない位置取りを保ちながら作業を進める。両方のデータが重なった部分から、3Dの測量データが構築される。その際には、クラウド上の過去の事例や参考資料データとも照らし合わせる。ドローンとロボットは、同じポイントを何度も行き来してデータ収集を繰り返し、より精緻なデータに近づけていく。

良い具合に3Dデータが集まると、今度はプランニングのAIが動き始める。この場所は造成宅地にするため、想定される住戸数や出入り用道路といった条件を入力すると、一般的な小規模宅地の事例と照らし合わせながら、モデルケースをAIで検討して、5つのプランを提示してくる。

ここからが人間の出番となる。3Dモデルを様々な角度から眺めながら、プランを評価していく。

仕組みは至って簡単だ。良いから普通、悪いという形でラベリングをしていく。採用候補やボツといったマーキングもできる。そうした評価を踏まえてAIは、採用候補の改良パターンや全く違う案などを次々に提案してくる。それに対して再度、評価する。これを繰り返して、最終的に5つのプランに絞り込み、クライアントであるCJVに提示する。

CJVの設計担当チームは、現場の測量データと提示プランを基に、実際の設計案を練り上げていく流れとなる。

それだったら、AIの提案を絞り込む段階から設計者がやった方が良いのではないか。

サービス開始当初は、そうした声もあった。だが、それではDX(デジタルトランスフォーメーション)ならないと考えた。やりたいのは効率化ではなく変革だ。建設生産に新たなプロセスを組み入れることで、新たな空間創造を導きたいのだ。

設計会社やゼネコンなどからの受けも良かった。今までは、設計担当者の蓄積や好みに引っ張られすぎるきらいがあった。ニュートラルな候補から始めるとバランスが良いし、発注者に提示する設計案のバリエーションも広がる。

「机とイス、セットしましたよ」
後ろにいた松島から呼び掛けられた。松島は、既にロールタイプの大画面タブレットを広げている。

「ありがとう。ここの植生状況だと、測量にそれなりに時間がかかりそうだね。最初のプランが出てくるまで1時間半くらいはかかるだろう。それまで別ワークにしようか」
「了解です!」

大橋は、タブレットを取り出してスマートグラスを装着し、来月から始まる現場のオンライン打ち合わせを始めた。

松島は、景色を見下ろすように座って風景を眺めている。もう一つの仕事である漫画家のアシスタント業務をやるのだろう。松島は、ビジネストリップ(出張)とリモートワークを掛け合わせた造語である「ビズトリモート」を地で行っている。いろいろな場所に出かけながら、仕事(ビズ)とリモートを楽しむ生き方という意味合いも含まれているそうだ。

ファイン業務を展開する上で一番の悩みは、空き時間だった。自動化を取り入れて、結果が出るまでに待ち時間が生まれるのだ。昔だったら煙草でも吸いながら時間を潰していたのだろうが、そんな無駄が生まれるようでは良い人材は来ない。

大橋の会社では、リモートでできる職能を持った他分野の人材を積極的に受け入れる方針にした。建設業界は、囲いの中でずっと仕事を続けてきたため関係者だけで造り上げる前提が染みついている。だが、都市や空間にもダイバーシティー(多様性)が求められる中で、違う人材が混ざることがより重要になっている。

リゾートなどでの休暇と組み合わせながら仕事をする「ワーケーション」や定住する拠点を持たずに各地を転々としながら生活する「アドレスホッパー」など多様な働き方を嗜好する人が増えていた。そうした人材は、スキルや順応力、コミュニケーション力に優れている。

大橋の会社は、呼ばれた場所に行って仕事をしなければいけない。それは長年、人材確保の上でデメリットとなっていた。だが視点を変えれば、普通の人がなかなか行かない場所で仕事ができるということ。新しい働き方を求める若者にとっては、メリットとして受け止められ、優秀な人が集まってきていた。

それぞれ仕事をしていると、時間はあっという間に過ぎていく。

「ここまでやってくれると、人間っていらなくなりまよね」
「この子たちは本当によく働くよ。大したもんだ。
でも、やっぱり最後は人間じゃないとな」

AIは、法令上の規制や設計基準に加えて、自治体ごとの条例なども含めて幅広い情報を考慮してプランを立ててくれる。人間のような漏れやミスはほぼない。だが、人が住んだり使ったりする上で良いプランを生み出せるかというと、そうでもない。

不思議なもので、AIが提示したそれっぽい計画を、人が選んで絞り込んでいくと、良いあんばいに仕上がっていく。人間とAIの間には、埋まりそうで埋まらない溝があるから面白い。定量化やシステム化が難しい暗黙知の領域が、まだまだあるということなのだろう。

タブレットの画面が切り替わり、最初の案が表示された。もうすぐ他の比較検討案も出てくるだろう。

「松島さん、そろそろ仕事だ」

「はい!」

復興街づくりに頭を切り替えるのだ。


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