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【完結】『あなたの知らない永遠』第一話「三人娘の悲劇」

あらすじ
とある国のはずれの村に暮らすおしゃまな少女ステラは、退屈なこと以外何の問題もない、平和な日々を過ごしていた。
そんなある日、ステラの前に美しく物悲しげな女性が現れる。彼女は自分が民間伝承『三人娘の悲劇』に登場する罪深き魔法使いジェシカだと主張した。おかしな人に絡まれたと思うステラの前に、もう一人の伝承上の人物、サラが現れる。

登場人物

ステラ(16):とある村に住むごく普通の少女。
サラ(5,119):魔法使いの女性。不老不死。ニナと両想いだった。
ニナ(享年64):人間の女性。サラと両想いだった。
ジェシカ(10,099):魔法使いの女性。不老不死。サラに好意を抱いている。


本文

「ステラー! ごはんよー!」
 部屋の外から声が聞こえてくる。彼女の朝はきまって母の呼ぶ声から始まる。
「ふぁああ」
 ステラは大きな欠伸をした。意識はあるが、起きる気はない。
 母の足音が近付いて来る。
「ちょっとステラ―! スープ冷めるわよー!」
「いいよー。あたし冷製スープの方が好きだからー」
 ステラの部屋のドアがばたんと開く。
「もう、馬鹿なこと言ってないで起きなさい!」
 母は部屋に入るなり、ステラの布団を掴んで剥がそうとした。しかしステラは掛け布団にしがみつき、頑なに放そうとしない。
「起きなさいってば!」
「やだー。まだ寝るのー」
「もう、駄々っ子じゃないんだから。あなたもう十六でしょ?」
「心は五歳児だもの」
「この子ったら。かくなる上は……」
 母は最終手段に出た。
「ちょっ……やめてよ! あはっ、あははははは!」
 脇腹の上の絶妙なところをくすぐられ、ステラは思わず飛び起きた。
「目が覚めたでしょ? さあ、さっさと着替えて食べにいらっしゃい」
「はーい」
 寝ぼけ眼を擦りながらしぶしぶ服を着替えるステラ。そして着替えるとすぐ、彼女は再びベッドに飛び込む体勢になった。
「よし!」
「よしじゃないわよ。昼まで寝るつもり?」
「いたの?」
 母はステラの行動パターンをよく理解していた。
「着替え終わったなら行くわよ」
「あ、はーい」
 母に連れられ、ステラは食卓へと向かった。

 食卓ではすでに父と兄が席についていた。
「おはよー」
 ステラは気の抜けた声で言った。
「おう、おはよう」
  父はさっぱりした調子で返した。
「おはようステラ。まだ半分眠ってるんじゃないのか?」
「仕方ないじゃん。お兄ちゃんと違ってあたしは美容のためによく寝ないといけないんだから」
「何言ってんのよ、毎日十分寝てるじゃない」
 母とステラは席についた。
「「いただきます」」
 父と母と兄とステラ、四人で食べるいつもの朝食。ライ麦パンにコンソメスープ、それにサラダとよく焼いた塩漬け肉。
 ステラはスープをじっと見つめた。
「どうしたの? スープに髪の毛でも入ってた?」
「ううん。自分の顔を見てただけ」
「もう、馬鹿なことしてないで早く食べなさい」
「はーい」
 ステラはパンをちぎって口に運んだ。
「あーあ。ずっと若いままならいいのに」
「何よ急に」
「だってそうじゃん。歳をとるより若いままの方がいいに決まってるもん」
 母は呆れた顔をした。
「あなたね、『三人娘の悲劇』を知ってるでしょ? 若いままでいてもいいことばかりじゃないのよ?」
 『三人娘の悲劇』とはこの地域に伝わる民間伝承の一つで、その内容は次のようなものだった。

 此岸と彼岸の狭間にある世界。そこに三人の仲の良い娘がいた。人間のサラとニナ、それに魔法使いのジェシカ。サラとニナは互いに友だち以上の感情を抱き、ジェシカはサラに同じような感情を抱いていた。
 ジェシカは不老不死だった。魔法使いになったときに彼女の老化は止まった。魔法使いになることと不老不死を手に入れることは同義だった。
 ジェシカは自分より先にサラとニナが老いていくのが嫌だった。彼女にとって二人は特別な存在なのに、たった数十年でお別れが来てしまう。その事実に耐えられなかった。特にサラとは、ずっと若いまま一緒にいたいと思っていた。
 彼女の願望を満たす方法が一つだけあった。魔法使いは五千歳を超えると一度だけ、他人を魔法使いにすることができる。一人だけなら仲間を作れるのだ。ジェシカは悩んだ。サラを魔法使いにすれば、二人揃って若いままでいられる。しかしサラはそれを受け入れるだろうか?
 ジェシカはわかっていた。サラは自らの意思で魔法使いになることはない。なぜなら彼女は、同じ人間のニナを愛しているから。ニナを置き去りに自分だけ不老不死を手に入れるのを、彼女はよしとしないだろう。しかしそうとわかっていても、ジェシカは諦めることができなかった。
 それはジェシカが五千歳になって三ヶ月が過ぎたある日のこと。その日、サラとニナはジェシカの家に遊びに来ていた。
 三人は紅茶とアップルパイを食べながらおしゃべりをして、それから同じベッドで昼寝をした。ただジェシカだけは寝たふりをしていた。ジェシカの心は揺らいでいた。二人が眠っている今なら、サラに不老不死の魔法をかけられる。
 そして彼女は過ちを犯した。承諾も得ないまま、サラに永遠の命を与えてしまったのだ。
 己の異変を察知して目を覚ましたサラに、ジェシカは正直に本当のことを伝えた。サラは戸惑い、狼狽え、なぜそんなことをしたのかと問いただした。しかしジェシカ自身も、自分がなぜこんなことをしてしまったのかわからなかった。
 つまるところ魔が差したのだ。サラに対する特別な感情。ニナに対する隠れたライバル意識。一人だけ不老不死であることから来る寂しさ。それらが重なり、彼女はあらぬことをしてしまった。
 二人の口論で目を覚ましたニナは、程なくして状況を理解した。しかしどうすることもできなかった。サラはニナを連れてジェシカの家を出た。
 その後ジェシカは何度もサラに謝罪しようと試みたが聞き入れてもらえず、結局関係は修復されなかった。サラはニナが老いて亡くなるまで寄り添い続けたが、その後は永遠の喪失感を背負い、次第に刺々しい鬼女へと変貌して言った。

「あたしあの話嫌い」
 ステラはこの『三人娘の悲劇』が嫌いだった。明るく天真爛漫な彼女にとって、この話は後味が悪く、辛気臭いものに感じられたからだ。
「あなたも歳をとったらわかるわよ。大切な人が老いていくのに、自分だけ若いままでいても仕方ないの」
「お母さんだって見た目若いじゃん」
「それはそれ、これはこれよ」
「えー、なんかズルい」
 ステラは釈然としなかった。なんだかんだ言って母も若いままでいたいのに、自分だけ歳を取らないのは嫌だと言うのだ。
(あーあ。みんな若いままでいられる魔法でもあればいいのに)
 ステラは心からそう思っていた。少なくともこのときは。

 食事を終えると、父と兄は農場に働きに出た。
 母は食器を片付けながらステラを呼んだ。
「ステラ、ちょっと井戸で水汲んで来て」
「はーい」
 水汲みはステラの仕事だった。彼女は水瓶を手に近くにある共用の井戸に向かった。ステラはいつも家と井戸の間を行き来して、必要な分の水を家に持ち帰っていた。

 四往復目の帰り道、人気のない道で彼女は立ち止まり、水瓶の水面に映る自分の顔を見た。
「やっぱりずっとこのままがいいなー」
 そうつぶやいた直後のこと。
「そんなに歳をとるのが嫌?」
 突然背後から見知らぬ女性に声をかけられた。ステラは驚き、後ろを振り返ると、そこには美しく物悲しげな佇まいの銀髪の女性が立っていた。
「お姉さん、誰?」
「私はジェシカ。あなたもよく知っている『三人娘の悲劇』に登場するあのジェシカよ」
 ステラはおかしな人に絡まれたと思った。伝承上の人物であるジェシカが今この場に実在するわけないのに、その女性は躊躇いもなく自らをジェシカだと名乗ったのだ。
「この人は自分をジェシカだと思い込んでいる奇妙な人。そう思ってるんでしょう?」
 ジェシカを名乗る女性は、まるでステラの考えを見透かしたかのようにそう言った。
「それは……」
「いま証明するわ。ちょっと驚かせることになるけど、許して」
 彼女はポーチから果物ナイフを取り出すと、いきなり何の躊躇いもなく自分の左掌を切った。それを見たステラは驚き、後ずさりした。
「大丈夫よ。ご覧なさい。傷が塞がっていくのがわかるでしょう?」
 彼女の言う通り、左手の傷は僅かな血を流しただけでみるみる塞がっていった。その異様な光景を目の当たりにし、ステラはますます困惑した。
「どういうこと?」
「見ての通りよ。私たち魔法使いは老いることも死ぬこともない。傷を負ってもすぐに治る。だから自ら命を絶つこともできない」
「……」
 ステラはただ黙るしかなかった。何もかもが非現実的でとても信じられなかったし、そもそもこの女性がなぜ自分の前に現れたのかもわからなかった。
「あなたの疑問はすぐに解けるわ」
 ジェシカを名乗る女性はまた、ステラの考えを先取りするかのように言い、後ろを振り返った。
「サラ、出てきて。いるのはわかってるわ」
 彼女がそう言うと、何もない空間から輝く長い金髪の美女が現れた。美女の顔は剥き出しの怒りと憎しみで歪んでいた。
「ジェシカ。あんた、私がこの子の前に現れるとわかってて先回りしたわね」
 辺りに重く険悪な空気が流れた。ジェシカはこの女性をサラと呼んでいた。もしこの二人があのサラとジェシカなら、この殺伐とした空気も説明が付く。
「ニナが死んだとき、のこのこ現れたあんたを追い返して以来、もう二度と顔を合わせないで済むと思ったのに」
「ごめんなさい。あなたが私と会いたくないのはわかってる。でも……」
「でも、なに? 会いたくないとわかってるならなんで現れたの? 嫌味? 当てつけ? 生きる目的を失いながら生き続ける私を、嘲笑いにでも来たの?」
「違う! そうじゃないわ! 私はあなたが私と同じ過ちを繰り返さないように……」
「どの口が言ってんの!? こうなったのもすべてあんたのせいじゃない!」
 ジェシカがすべて言い終わる前に、サラは激昂して言葉を遮った。息は乱れ、目は血走り、尋常ならぬ殺気をジェシカに向ける彼女に、ステラはなぜか深い悲しみを抱いた。
(なんで? なんでこんなに悲しいの? この二人が本当にあのサラとジェシカだとしても、あたしには関係ないのに……)
 明るく奔放な彼女にとって、これほどの悲哀は初めてだった。しかしなぜか、過去にも同じ気持ちになったことがあるような、そんな気がしていた。
「あんたがどれだけ私に好意を抱いていても、私はあれ以来あんたのことが大嫌いなの! わかってるでしょ!?」
「わかってる、わかってるけど……」
「けど、何? わかってるなら顔を見せるな! その手に持ってる果物ナイフであんたの全身を切り刻んでやろうか!? どうせすぐに再生するんだから、関係ないでしょう!?」
「それであなたの気が済むのなら私はかまわない。あなたの言う通り、すべて私が悪いんだもの」
「いちいち癇に障る女ね! 自分の自制心の無さがこんな結果を招いたのに、今さら物分かりいい風を装うなんて、都合がいいにもほどがあるんじゃないの!?」
「わかってる! わかってるの!」
 二人の口論は永遠に続きそうなほど平行線を辿っていた。それがなぜかステラには耐えられなかった。
「二人ともやめて!」
 ステラは思わず叫んだ。それが効いたのか、サラはそれまでとは打って変わり、心から申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん、ニナ。そんなつもりじゃ……」
「え? ニナ?」
「あ……」
 サラはなぜかステラのことをニナと呼んだ。それもごく自然に。まるでステラがニナであるかのように。
「サラ、もう本当のことを言ってもいいでしょ? この子も薄々感づいているはずよ。それにあなたの目的の一つは、この子にそれを伝えることでしょう?」
「煩いな! あんたに言われなくたってわかってるよ!」
 二人の口ぶりから、ステラは自分が何者なのかわかりかけてきた。
「ねえ、あなたの名前、なんていうの?」
 ジェシカはステラに優しく尋ねた。
「……ステラ」
「そう、ステラっていうのね。ステラ、心ではもうほとんど理解してると思うけど、あなたはニナの生まれ変わりなの」
 ステラは少し驚いたがすぐに納得した。先ほどから感じていた既視感の答えはこれだった。彼女の魂は知っていたのだ。
 ジェシカはまた悲しそうな顔をし、サラはステラから目を逸らした。
「伝承を読んで知っているでしょう? 私のせいでサラは私と同じ、老いることも死ぬこともできない体になっってしまったの。そしてニナは先に老いて亡くなった。それから幾度も転生を繰り返して、当時のニナと変わらない姿で生まれてきた子。それがあなたなの」
 ジェシカの説明は突拍子もなかったが、ステラは何の違和感も感じなかった。それよりもサラのことが気になった。
「サラさん、あたし……」
 ステラが呼びかけても、サラは彼女の顔を見ることができなかった。
「サラが魔法使いになって五千年が経過してる。サラはもう不老不死の魔法を使えるわ」
 ジェシカがそう言うと、サラは急に振り返って彼女を睨みつけた。
「誤解を招くようなことを言うな! 私は絶対に、この子を不老不死になんかしない! あんたみたいな自己中とは違う!」
「じゃあなんでこの子の前に現れたの?」
「それは……」
 サラははじめてジェシカの言葉にたじろいだ。そして悔しそうな顔で俯き、絞り出すように声を発した。
「そういうつもりが全くなかったって言ったら嘘になる。ジェシカ。あんたが私を不老不死にした気持ち、悔しいけど今の私にはわかる。でも、私はそんなことしない。絶対にしない。ただ……」
 彼女は膝から崩れ、大粒の涙を流した。
「もう一度だけ、またニナに会いたかった」
「サラさん……」
 そのときステラの家の方角から声が聞こえてきた。
「ステラ―! ステラー!」
 母の声だった。
「お母さん」
「ごめんなさい、長く引き止めちゃったわね。私たちはいったん消えるわ。話の続きは今夜、夢の中でしましょう。いいでしょう、サラ?」
 ジェシカが尋ねると、サラは黙って頷いた。
「夢の中?」
 ステラは首を傾げた。
「そう。私たちが暮らす、此岸と彼岸の狭間の世界。今からあなたに、そこへ行けるようになる魔法をかけるわ。不老不死の魔法じゃないから安心して」
「うん」
 ステラは少しも疑わずに従った。ジェシカが詠唱を始めると、暖かい光がステラを包んだ。
 光は数秒で収まった。
「これで終わり。じゃあ、また今夜ね」
 そう言って、彼女はその場から消えた。
「私ももう行かないと」
 サラは涙を拭いて立ち上がった。
「サラさん、あたし……」
「面倒事に巻き込んでごめん」
「巻き込んだなんて、そんな……」
「でも、生まれ変わりとはいえ、若いころのニナの姿を見れてよかった。ありがとう、ステラ」
「サラさん……」
「また後でね」
 そう言ってサラも姿を消した。

 その直後、母が曲がり角から現れた。
「ステラ!」
「あ! お母さん!」
「もう、心配したんだから。どこほっつき歩いてたのよ」
「ごめん、かわいい猫がいて、ちょっとかまってたら遅くなっちゃった」
「しょうがない子ね。さあ、帰るわよ」
「うん」
 ステラは嘘を言ってその場をやり過ごし、そのまま帰路に着いた。その途中、彼女は何度か水瓶の水面に写る自分の顔を見たが、さっきまでのようにずっと若いままでいたいとは思えなかった。

 その夜。ステラはいつもの様にベッドに横になり、眠りについた。これからサラとジェシカのいる狭間の世界へ行く。それは彼女にとって、不思議と嫌なことではなかった。むしろそこに行かなければならない理由がある気がしていた。かつてニナだった魂は、やり残した何かをやり遂げたがっていた。

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