【完結】『あなたの知らない永遠』第六話「サラって呼んでほしい」

登場人物

ステラ(16):とある村に住むごく普通の少女。ニナの生まれ変わり。
サラ(5,119):魔法使いの女性。元人間。ニナと両想いだった。
ニナ(享年64):人間の女性。サラと両想いだった。
ジェシカ(10,099):魔法使いの女性。不老不死。サラに好意を抱いている。サラ、ニナと仲が良かったが、不老不死の魔法を勝手にかけたことでサラに酷く嫌われる。

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 翌日、ステラはいつもより二時間ほど早く寝床に就いた。そしてジェシカの家のベッドで目覚めると、彼女はドアを少し開けて隣の部屋を覗いた。ジェシカは椅子に腰かけて、赤い布と針を手に何か縫っていた。
 ステラはドアを開けた。
「ジェシカさん、おはよう」
 ジェシカは顔を上げ、彼女の方を見て微笑んだ。
「おはよう、ステラ」
「何縫ってるの?」
「服よ。魔力を増幅する特殊な布でポンチョを作ってるの。人間の微量な魔力では不老不死の魔法を移し替えることができないから、あなたにはこれを着てもらおうと思って」
 それは粗方完成しているようで、すでにポンチョの形になっていた。
「へー、見た目は普通なのに、違うんだね」
「ええ、此岸の世界にはない特別な布よ。色はこれでよかったかしら?」
 ジェシカは針を外して、作りかけのポンチョをステラに手渡した。
「うん。あたし赤い服好き」
「よかった。ニナも同じ色のを気に入って使ってくれてたから、きっとステラも好きだと思ったの」
「ねえ、ちょっと着てみてもいい?」
「ええ、いいわよ」
 ステラは鮮やかな赤のポンチョを羽織り、近くに置いてあった姿見の前に立った。発色のよい赤が、ステラの地味な普段着をかわいらしく彩った。
「うん、いい感じ。やっぱあたし好きかも」
「よく似合ってるわよ」
「これ、向こうに持って帰りたいなー」
「残念だけど、強い魔力が込められたものは此岸の世界に持っていけないの」
「そうなんだ。じゃあ裁縫覚えよっかな」
「いいじゃない。勉強の合間に裁縫のレッスンでもする?」
「え!? いいの!?」
「ええ、息抜きにちょうどいいと思うわ」
「やったー! ジェシカさんありがとう!」
 ステラはジェシカの提案に大喜びで乗った。裁縫を教えてもらえるのが嬉しいというより、ジェシカと一緒に勉強以外の何かを共有できるのが嬉しかった。五千年前ニナがそうしていたように、ステラはジェシカと、それにもちろんサラとも、共有できる趣味や話題を持ちたいと思っていた。
「布を買ったら寝るときに抱いて寝てみて。そうすればこっちに持ってこれるから」
「うん、わかった」
 ステラはポンチョをジェシカに返した。ジェシカはそれをさっと畳んで脇に置いた。
「さあ、そろそろ勉強を始めましょ。今日は早めに終わるから、その分しっかり集中するのよ」
「うん!」
 そして今日もステラはサラのため、魔法の勉強に勤しむのだった。

 それから休憩を挟んで二時間半。午後三時を回ったところでちょうど切りのいいところまで終わった。
「はい、今日はこれでお仕舞い」
 ジェシカが締めると、ステラは椅子に腰かけたまま思い切り伸びをした。
「はー! 疲れた!」
「お疲れ様。よく頑張ったわね」
「ジェシカさん、今日もありがとう」
「どういたしまして。今日覚えたことを忘れないように、何をやったかあとで思い出してね」
「うん、わかった」
 それから二人は使った本や道具を片付けた。
「これでよし、と。それじゃあ、体をほぐすついでにサラと出かけてらっしゃい。今日はあの子の家の近くまで瞬間移動してあげる」
「ジェシカさん、そんなこともできるんだ」
「まあね。普段は健康のために歩くようにしてるけど」
(不老不死なのに健康のこと気にするんだ……)
 ジェシカは品が良く落ち着いているようで、ちょっと天然っぽいところもあった。
「早速行く?」
「うん」
「じゃあ私の手を握って」
「わかった」
 ステラが手を握ると、ジェシカは目を瞑って詠唱を始めた。日常言語とは異なる単語、文法をもつ呪文に、ステラは黙って耳を傾けた。
(あ、今のところ、さっき習ったやつだ)
 彼女はその呪文の中に、習ったばかりの知識の断片を探した。早くも学習の成果は出ているようだった。

 詠唱が終わると、次の瞬間、二人はサラの家の近くにいた。
「すごい! ほんとに一瞬で着いちゃった!」
「水を差すといけないから私は行くわね」
「うん! ジェシカさんありがとう!」
「どういたしまして。帰りはサラに頼んでうちまで飛ばしてもらうといいわ」
「うん、わかった」
「それじゃあ、また後でね」
 そう言ってジェシカは徒歩で帰っていった。
(帰りは瞬間移動しないんだ……)
 ジェシカが視界から消えたのを確認すると、ステラはサラの家の玄関まで歩いた。
「サラさーん! あたしー! ステラだよー!」
 彼女が大声で呼ぶと、奥の方からばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ステラ!」
 大きな声とともにドアが開き、サラが姿を現した。
「わ! びっくりした!」
「あ、ごめん、つい……」
 今日の彼女はなにやら挙動不審で落ち着きがなかった。
「その、き、来てくれてありがとう!」
「うん! サラさん、会いたかったよ!」
「え!? 会い……」
「え?」
 一瞬、沈黙が流れた。
「あ、そ、そんなことより! 立ち話もなんだしさ、あ、上がってよ」
「うん。おじゃましまーす」
 ステラは誘われるまま中に入った。

「このあいだのふかふかの椅子、よ、用意しといたから。座って待ってて」
「うん、ありがと」
 サラの言う通り、そこには先日彼女が魔法で出したのと同じ、柔らかい椅子がすでに用意されていた。
(あたしがいつ来てもいいように、わざわざ出しておいてくれてたんだな)
 サラは本当にわかりやすかった。最愛のニナの生まれ変わりであるステラのことが、好きすぎてしょうがないのだ。
 ただそれにしても、今日のサラは妙にぎこちない。ジェシカがいないからもあるだろうが、やけにもじもじしているというか、何かどうしても言いたいことがあるような、でも自分から言うのを躊躇っているような、そんな不自然さがあった。
「ねぇ、サラさん」
「何?」
「今日なんか様子が変だよ?」
「え? へ、へ、変? わ、私、なんか変?」
 どう見ても変だった。
「うん。めちゃくちゃどもってるし」
「ど、ど、ど、どもってる、かな!?」
 どう聞いてもどもっていた。
(サラさん、なんかもう面白いな。こっちから聞いてあげないとだめそうだ)
「何かあたしに言いたいことでもあるの?」
 ステラが助け舟を出すと、サラは頬を赤らめながら一層もじもじしだした。
「……その、さ、サラさんじゃなくてさ、なんかこう、もっと、距離が近い感じで、呼んでくれないかなって」
「は?」
 なんのことはない。「サラさん」という呼び方に距離を感じていただけだった。
「あ、いや、その……。わ、わかってる! ステラはステラであってニナじゃないし、ニナと同じ距離感で接してほしいとか、そ、そ、そういうのじゃなくて! ただ、その、なんていうか、えっと……」
 サラはまるで十二、三歳の子どものように初心な仕草で照れ隠しをした。この五千年以上生きていると思えない不器用さが、ステラにはこの上なく愛おしく思えた。あまりに愛おしいので、彼女はちょっぴりサラの心を弄んでみたくなった。
「サラって呼んでほしいの?」
「え!? そ、それは、そのー……」
 サラは熱した鉄のように顔を赤くして、落ち着きなくきょろきょろと目を動かした。
「はっきり言ってくれないと呼んであげない」
「ええ!?」
「ねえ、どうなの?」
「あ、あう……」
 もう勘弁してと言わんばかりの様子だった。
(ちょっと意地悪だったかな?)
 サラがわかりやすい困り顔をするものだから、ステラもこれ以上はかわいそうかと、解放してあげることにした。
「しょうがないなー。じゃあこれからはサラって呼ぶね」
「!!」
 サラは子どものように裏のない笑顔を見せた。
「サラ」
「うん!」
「夕暮れまで時間あるし、このあと一緒にお散歩でもしよ、サラ」
「うん、うん! 行こう、ステラ!」
 二人の距離が少しづつ近づいていく。懐かしく心地いい距離に。
(サラとずっとこんな風にしていられたらいいな)
 ステラはサラを不老不死の呪縛から解こうと努力しているにもかかわらず、永遠にこのままでいたいと思っていた。その明らかな矛盾に薄々気付きながら。

次回


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