【完結】『あなたの知らない永遠』第七話「二人の距離」

登場人物

ステラ(16):とある村に住むごく普通の少女。ニナの生まれ変わり。
サラ(5,119):魔法使いの女性。元人間。ニナと両想いだった。
ニナ(享年64):人間の女性。サラと両想いだった。
ジェシカ(10,099):魔法使いの女性。不老不死。サラに好意を抱いている。サラ、ニナと仲が良かったが、不老不死の魔法を勝手にかけたことでサラに酷く嫌われる。

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本文

 あれから六日が過ぎた。ステラは毎日ジェシカに魔法を教わり、そのあと時間に余裕がある日はサラに会いに行った。瞬間移動の魔法で行きはジェシカが、帰りはサラが彼女を送ったが、その間サラとジェシカは一度も顔を合わせなかった。

 そして今日は、ステラが二人に出会って最初の休日。ステラはサラと街へ買い物に行く約束をしていた。買い物といっても、彼女は此岸の世界の人間だから、狭間の世界で使えるお金を持っていない。そのため費用はサラが負担することになっていた。
 サラは魔法で病気を治療したり、子どもたちの世話をして収入を得ている。彼女は不老不死の魔法使いだから収入がなくても生きていけるし、生活用品も単純なものなら魔法で生成できる。だが、だからといって他人と関わらないでも平気というわけではない。社会との接点がないと心は満たされないものだ。誰とも会わずに正気を保つのは難しい。

 普段のサラは、買い物に出かけても美味しい食材を買うか芝居を見るくらいで、後に残るものはめったに買わない。しかし今日はいつもと違っていた。
 サラの家からほど近い、賑やかで活気のある町。二人はその入口付近に来ていた。
「ステラ、今日は何を買う? 服でも何でも、欲しいものがあったら言って」
「うん、ありがとう。買うなら小物がいいかな。向こうに持っていって、お母さんに見つかって怪しまれたら困るし」
「それもそっか。じゃあ何か小さいものを探そ」
 去り行く時間は記憶にとどめていても徐々に風化していくもの。忘れないためには何か形のあるものを残すのがいい。今日の買い物はそんな意味もあった。

 二人は通り沿いの店を回りながら目ぼしいものが無いか探した。
「ステラ! あそこ、ちょっと見ていこうよ!」
 サラは広場の噴水近くで店を広げるアクセサリー屋の露店を指さした。
「うん、いいよ!」
 二人が近づくと、店主の男はそれに気が付いた。
「よう、サラ。今日はツレと一緒かい?」
「うん。二人で買い物」
 アクセサリー屋の店主はサラと顔見知りのようだ。
「嬢ちゃん、見ない顔だな。名前は?」
「あたし、ステラ」
「ステラか。綺麗な名前だな。俺はヴィクター。よろしくな」
「うん、よろしくね」
 ヴィクターはちょっとラフだが気のよさそうな中年といった感じで、初対面でも壁を感じない、オープンな雰囲気を醸し出していた。
「じっくり見てってくんな。質問があったら何でも答えるぜ」
「ありがとう、ヴィクター。ねえステラ、せっかくだからおそろのアクセサリー買おうよ」
「うん、いいよ」
 ステラはサラの思惑がわかっていたし、自分もサラとの思い出を形に残したかったので快諾した。

 二人は夢中になってアクセサリーを選んだ。あれもいい、これもいい。そんなやりとりをしているだけで、二人は幸せだった。その脇でヴィクターは、活き活きとした表情のサラを微笑ましげに眺めていた。
「どうかしたの?」
「ん? いや、なんつーか、幸せそうだなって」
「そ、そうかな?」
「そうさ。初めて見る笑顔だ」
 ヴィクターは見た目四十代前半といったところ。サラとはかなり長い付き合いのように見えた。その彼が感慨深げにそう言うのだからそうなのだろう。
「ちょっ、からかわないでよ!」
「へいへい、さーせん。邪魔したな」
 サラはなんともこそばゆそうな顔をした。そんなやりとりを、横にいるステラは実に楽しそうに見ていた。

 それからしばらくサラとステラは並べられた商品を物色したが、どれを買うかなかなか決まらなかった。そんな二人を見かねてか、ヴィクターはあるものをすっと指さした。
「これなんかいいんじゃないか?」
「え? どれ?」
 サラは彼が指し示す先に目を向けた。そこには輝く星を模したペンダントトップの付いた、シンプルなチョーカーがあった。
「これは星の光をモチーフにしてるんだ。ステラは星って意味だろ? ならぴったりなんじゃないか?」
 ステラはそのペンダントを手に取って、それをまじまじと見た。
「あたし、これがいい! サラはどう?」
「え!? 私は、その……、ステラの好きなのがいい」
「じゃあこれにしよ!」
「う、うん! そうしよう! ヴィクター、これちょうだい!」
「あいよ、まいど」
 サラはヴィクターに代金を手渡し、二人分のチョーカーを受け取った。
「はい、ステラ」
「ありがとう、サラ」
 ステラはチョーカーを受け取ると、早速それを首に巻いた。サラも少し恥ずかしそうに、おそろいのチョーカーを巻いた。
「ステラ、すごく似合ってる」
「ありがとう。サラもね」
 二人は互いに笑いあった。それを見ていたヴィクターもどこか嬉しそうだった。
「さあさあ、二人とも。まだデートの途中なんだろ? それに、いちゃつくなら人の見てないところの方がいいぜ」
「デート!? いちゃ……、え、あの……それは、その……」
 サラはまた赤面してもじもじしだした。ステラは彼女のそういう姿を見るのが癖になっていた。
(サラってば、ほんとかわいい)
「サラ、行こ!」
 ステラは彼女の手をぎゅっと握って引っ張った。
「え!? ステラ!?」
「ヴィクターさん、ありがとう!」
「おう、こちらこそありがとうな!」
 二人はアクセサリー屋を後にした。ステラはサラの手を引きながら、体温の上昇を感じていた。

 それから二人はひとしきり街を歩いた。立ち並ぶ店の前で逐一足を止め、気になる商品があればそれを見て、触れて、嗅いで、二人にふさわしいものか確かめた。
 物だけではない。道行く人々、小粋な音楽を奏でる小さな楽団、路地裏を横切る野良猫。目に映る景色はどれも、二人の大切な思い出になった。

 出会って一週間しか経っていないが、二人の関係はすでに揺るぎないものになりつつあった。ただ、それが完成するには二つの障害が残っていた。一つはサラの不老不死。これについては解決の糸口が見えている。問題はもう一つの障害、サラとジェシカの間に横たわる溝だ。二人が仲直りできない限り、どうやっても後腐れが残る。それは明らかだった。しかし人間、わかっていても譲れないことはある。

 日が暮れかかるころ、二人はささやかな思い出を首にかけ、山に隠れようとする夕日を眺めながら家路に就いた。その間、二人の会話が途切れることはなかった。
「ニナが死んでから、私の心の支えになってくれたのがこの町の人たちだったんだ。世代が変わっても、ずっと良くしてくれて」
「そうなんだ」
 ステラはあることについて、聞こうか聞くまいか迷っていた。サラを不機嫌にさせないか、せっかくの楽しい雰囲気を壊してしまわないか心配だった。しかし聞かなければ後悔するような気もしていたので、意を決してその質問を口にした。
「ジェシカさんもここに来るの?」
 ほんの一瞬、空気が張り詰めた気がした。サラはというと、別段不機嫌な様子でもなかったが、少しだけ興が削がれたようにも見えた。
「ジェシカはこことは反対の方角にある別の町に行ってる。昔は私もあいつも両方の町に出入りしてたけど、あれ以来ずっと生活圏が重ならないようにしてるんだ」
 やっぱり、といったところだった。お互いに顔を合わせないようにしていれば、それはそうなるだろう。わかってはいたけれど、ステラは少しもどかしい気持ちになった。
「サラ、ジェシカさんに会いたくないのはわかるけど、今はあたしがいるんだし……」
「言いたいことはわかるけど、そんな簡単に整理つかないよ。それにステラはニナの生まれ変わりだけど、ニナじゃないじゃん。私は、ステラをニナの代わりとして都合よく扱いたくないし、ニナのことも、今はステラがいるからいいやって蔑ろにしたくない」
「……そっか」
 日暮れの静けさの中、遠くで烏の鳴く声だけが鳴り響いた。
「ごめん、ステラ! なんか変な空気にしちゃって! でも大丈夫。私も、前ほどジェシカのこと憎んでないから。ただ、ちょっとだけ待っててほしい。ちょっとだけ……」
「サラ……。わかった。あたし待つ。サラが納得できるまで」
「ありがとう、ステラ」
 これはサラとジェシカ、二人の問題。他の誰も口を挟めない。しかしサラの言葉には、ジェシカと仲直りしたいという意思が確かに感じられた。
(二人の距離が縮まるのはもう少し先かな)
 ステラはこれ以上口出しをせず、静かに二人を見守ろうと心に決めた。

次回


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