【完結】『あなたの知らない永遠』第五話「独りぼっち」

登場人物

ステラ(16):とある村に住むごく普通の少女。ニナの生まれ変わり。
サラ(5,119):魔法使いの女性。元人間。ニナと両想いだった。
ニナ(享年64):人間の女性。サラと両想いだった。
ジェシカ(10,099):魔法使いの女性。不老不死。サラに好意を抱いている。サラ、ニナと仲が良かったが、無断で不老不死の魔法をかけたことでサラに酷く嫌われる。

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 翌日、ステラは何食わぬ顔で普段通りの生活を送った。いつもと違うのは二度寝をしようとしなかったことくらい。寝ると狭間の世界にあるジェシカの家に飛ばされるため、起きてすぐまた寝ると気まずいからだ。寝ることが大好きなステラにとって、それはちょっぴり不便だった。
 とはいえ寝るとすぐ狭間の世界に飛ばされるのは、彼女にとって不便なことばかりではなかった。ステラはサラとジェシカに出会って、ニナだった頃の感覚が薄っすらと蘇るようになった。ニナにとってジェシカは親友だったし、サラとはそれ以上の間柄だった。サラとジェシカの仲はあの事件以来こじれてしまったけれど、ニナにとっては二人とも特別な存在。そんな二人にいつでも会いに行けるのだから、嬉しくないわけがない。

 朝食後、水汲みに出ている間、ステラは自分の中にあるニナの残り香を感じていた。そしてサラへの想いが強まっていくのも。
(あたしの中に今、どのくらいニナさんが混ざってるんだろう?)
 昨日の同じころ、いずれ老いるという事実に嘆息を漏らしていたのがまるで嘘であるかのように、ステラの気持ちは前向きだった。サラと共に幸せな人生を歩みたい。そんな気持ちが彼女の中に芽生えていた。
 そのときステラの脳裏にある疑問がよぎった。
(あれ? でも、あたしもサラさんも歳をとって死んじゃったら、ジェシカさんはどうするんだろう? 独りぼっちでずっと生き続けることになるじゃん……)
 ステラにとってジェシカはもう赤の他人ではない。サラの不老不死を解いて、一緒に歳をとって死んだあとも、ジェシカだけは生き続ける。それでいいのだろうかと、ステラは思い迷った。
(今夜、向こうでジェシカさんに直接聞こう)
 考えていても仕方ないので、彼女は後で本人に尋ねることにした。

 その夜自宅のベッドに横になったステラは、昨晩と同様、狭間の世界にあるジェシカの家のベッドに転送された。
 目を覚ますと、やはり昨日と同じように昼間だった。時計の針は午後二時半を指している。ステラはちょっとだけ得した気分だった。
 ベッドから起きてドアを開けると、ジェシカは椅子に腰かけて古びた本を読んでいた。テーブルにも本が積まれており、壁にはどうやって家の中に持ち込んだのかわからない、大きな黒板が設置されていた。きっと魔法でこしらえたのだろう。どう見てもみっちり勉強させられる準備が整っている。ステラは少し尻込みしたが、これもサラのためとドアを開けた。
「ジェシカさん、こんにちは」
「あら、ステラ。いらっしゃい」
 ジェシカは相変わらず品のよい笑顔でステラを迎えた。
「今日から一緒に頑張りましょう。できる限り丁寧に教えるから」
「うん、ありがとう」
「それじゃあ早速始めましょう」
「あ、ちょっと待って」
 ステラは機会を逃すまいと、例の話を切り出すことにした。
「どうかしたの?」
「その、ちょっと気になることがあるんだけど」
「何? 私に答えられることなら答えるけど」
 ステラはジェシカを悲しませないか心配だったが、いずれ聞かなければならないことだからと腹を決めた。
「あたしが魔法の勉強をして、無事にサラさんの不老不死を解いたら、ジェシカさん独りぼっちになっちゃうよね?」
「時間が経って、二人が亡くなったらってこと?」
「うん。『三人娘の悲劇』には、ニナさんとサラさんが先に死ぬのが耐えられなくて、ジェシカさんはサラさんに不老不死の魔法をかけたってあったし」
「あのときの私は今以上に愚かだった。でも今は大丈夫。独りになっても寂しくなんかないわ」
 ジェシカは存外けろっとしていた。まるでそれが今では大した問題ではないかのように。しかしステラはそれでも心配だった。
「魔法使いの友だちとかはいないの?」
「いないわ。実は魔法使いの取り決めとして、互いの同意なしに不老不死の魔法をかけることは禁止されてるの。私はサラを無断で不老不死にしてるから、その咎で魔法使いのコミュニティから追放されてる。両親とも五千年以上会えてないわ。すべて自業自得だけど」
 ジェシカは淡々と説明した。その口ぶりは、もう仕方のないこととして自分の罪を受け入れているようだった。
「でも大丈夫よ。近くの町の人たちとは一万年上手くやってるもの。たまに老いない私へのやっかみから嫌味を言う人もいるけど、それは魔法使いの宿命。受け入れて当然だと思ってるわ。それに……」
 彼女は何か言いかけたが、口に出せない理由でもあるのか急に黙ってしまった。
「それに?」
 当然、ステラはその先を尋ねた。
「いえ、これはまだ言わないことにするわ。気にしないで」
「えー! 気にしないでとかいわれたら余計気になるじゃん!」
 ジェシカがあまりに思わせぶりな言い方をしたため、彼女はかえってその先が知りたくなった。
「ごめんなさい。でもいずれ気付くと思うわ。もう答えは出てるから。それでも、最期のお別れのときまで心にしまっておいて」
「ちぇっ、ジェシカさんのいじわる。……まあいいや」
 ステラはちょっぴりすねたが、そのうち気付くなら急がなくてもいいかと、そこで切りにした。
「さあ、それじゃあ授業を始めましょう」
「はーい。よろしくお願いしまーす」
 彼女は気を取り直し、魔法の勉強を始めることにした。

 ジェシカの指導は休憩を挟みつつ午後六時まで続いた。
「はー、疲れた!」
 休み休みとはいえ、みっちり勉強したのでステラはへとへとに疲れていた。彼女は思い切り伸びをしたあと、脱力して背もたれに身をゆだねた。
「今日はもう遅いし、サラのところへは行けないわね」
「うん」
「明日は早めに終わるから、二人で散歩でもしてらっしゃい」
「うん。あたしもちょっと早めにこっちに来るね」
「ええ、そうしてちょうだい」
 こうして一日目の授業は無事に終わった。

次回


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