【完結】『あなたの知らない永遠』第二話「ニナの意思」

登場人物

ステラ(16):とある村に住むごく普通の少女。ニナの生まれ変わり。
サラ(5,119):魔法使いの女性。元人間。不老不死。ニナと両想いだった。
ニナ(享年64):人間の女性。サラと両想いだった。
ジェシカ(10,099):魔法使いの女性。不老不死。サラに好意を抱いている。サラ、ニナと仲が良かったが、無断で不老不死の魔法をかけたことでサラに酷く嫌われる。

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本文

第二話

 ステラは見知らぬ家のベッドで目を覚ました。といっても、そこがどこかは容易に想像がついた。
(きっとここは狭間の世界……)
 南側の窓からは日の光が差し込み、ヒヨドリの鳴き声が聞こえてくる。ベッドから起きて窓の外を見ると、そこには新緑に彩られた、よく手入れされた庭があった。
(ジェシカさんの家かな? あの人の魔法でここに来たし。それにこの庭はサラさんの趣味じゃない気がする)
 あれこれ予想をしていると、庭の隅に人影が見えた。
「ほら、あっちへ行きなさい。勝手に食べたらだめよ」
 ジェシカだった。彼女は作物に群がるヒヨドリを追い払っていた。
(ジェシカさん、なんかさっきと雰囲気が違うような……)
 ジェシカに先ほどのような悲壮感はなく、その様子はお淑やかな育ちのいい娘のようだった。ステラにとってそれはどこか懐かしかった。

 少しして、向こうから扉の開く音が聞こえた。どうやらジェシカが家に入って来たようだ。ステラが部屋のドアを開けて覗き込むと、それに気付いたジェシカは柔和な笑顔を見せた。
「あら、ステラ。いらっしゃい。もう来てたのね」
 彼女が手に持っていた籠には、ヒヨドリの朝食にならなかった野苺やすももが入っていた。
「立ち話もなんだから、そこにかけて。いま紅茶を淹れるから」
「うん」
 ステラは言われた通り、ダイニングにある椅子に腰かけた。使い込まれたウォールナットのテーブルと椅子。周りの家具もかなり年季の入ったものばかりだが、よく手入れされているのか、目立った傷や汚れはない。
「なんかすごく古い家具だね」
「ええ。なかなか捨てられなくてね。かれこれ三百年は使ってるわ」
「三百年!?」
 ステラは驚いた。
(そっか。ジェシカさんは一万年以上生きてるんだった。あたしたち人間とは違うんだ)
 ジェシカはエプロンを着てお湯を沸かす準備を始めた。
「捨てるのももったいないし、なんだか寂しくてね。きっとそれが私の業なんだと思う。みんな私より先に古くなっていくから、少しでも長く置いておきたくなるの」
 彼女の声が少しだけ暗くなった気がした。サラを無断で不老不死にしてしまったのも、寂しさから来る執着心があったのかもしれない。彼女自身、それを自覚しているようだった。
 ステラは母の言葉を思い出した。
(「大切な人が老いていくのに、自分だけ若いままでいても仕方ないの」)
 ジェシカとサラに出会い、自分がニナの生まれ変わりだと自覚したことで、ステラはその言葉の意味が少しわかった気がした。ニナと一緒に歳を取りたかったサラ。サラと一緒に若いまま生き続けたかったジェシカ。仲が深まったからこそ、そのままの関係ではいられなかったのだろう。ティーポットに茶葉を入れ、湧いたばかりのお湯を注ぐジェシカの背中は、どこか寂しそうに見えた。
 ジェシカは銀のトレイにティーポットと二人分のティーカップを乗せ、テーブルまで運んだ。
「もうちょっと待ってね。果物とビスケットを用意するから」
 そう言って戻ると、彼女は戸棚からビスケットを取り出し、先ほどの果物と一緒に皿に盛り付けて持ってきた。
「はい、お待ちどう様」
 洒落た柄の描かれたティーポットとティーカップ。綺麗に盛り付けられたビスケットと果物。ほどよく発酵させた茶葉から得られる、深みのある紅茶の香り。それに気品と可愛らしさを備えた家主。
(ジェシカさんって、普段はこんなに素敵な人なんだ。ちょっと意外)
 ステラは良い意味で裏切られた気分だった。素のジェシカは優しく上品で、傍らにいると心が和む、魅力的な女性だった。
「この紅茶、近くの茶畑で採れた葉が使われててね。特別なところはないけど、香りが良くて飽きの来ない味なの」
 ジェシカは二人分のカップに紅茶を注ぎながら、その紅茶の素性について話した。そして席に着くとステラの方を見て微笑んだ。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
「い、いただきます!」
 ステラは彼女のことを好きになりつつあった。それが照れ臭かったので、ひたすらビスケットと果物を頬張り、紅茶を口に流し込んで誤魔化した。ジェシカはそれが気にならないのか、ゆったりと紅茶の香りを楽しみ、ビスケットを少しずつ口に運んでいた。
(ジェシカさん、一緒にいてすごく心地いい。ニナさんもこんな気分だったのかな?)
 自分の遠い転生元であるニナも、同じようにジェシカに魅入られていたのだろう。きっとサラも昔はそうだったに違いない。だから三人は仲が良かった。ステラはちょっぴり残念に思えた。

「ねえ、ステラ」
「え?」
「何か聞きたいことはある?」
 ジェシカが尋ねると、ステラは少し考えた。
「これからサラさんに会いに行くの?」
「ええ」
「あたし、会ったばかりで何を話したらいいかわかんないよ」
「大丈夫。私がリードするから」
 ジェシカは残っていた紅茶を飲み干し、カップをソーサ―に置いた。
「それと、こんなお願いをするのは不躾だけど、実はあなたにはサラを救ってもらいたいの」
「あたしが? サラさんを?」
 突拍子もない話に、ステラは何を言っているのか計りかねた。
「込み入った話だから詳細はあとで話すけど、それは私たち魔法使いにはできないし、人間でも限られた人しかできないことなの」
「あたしは、その限られた人なの?」
「そうよ。あなたにしかできないの。私があなたに会いに行ったのは、サラが私と同じ過ちを犯すのを阻止するため。だけど一番の目的は、あなたにあの子を救ってもらうことだったの」
 ステラはどう受け止めたらいいかわからず、目を伏せて沈黙した。
「でも無理強いはしないわ。じっくり考えて、嫌なら遠慮なく断っていいわ」
 ステラにとって、サラとジェシカのいざこざは他人事には違いない。だが、ステラの魂はニナの魂でもある。ニナの魂は、二人を放っておくことなどできない。ステラは顔を上げてジェシカの目を見た。
「あたし、やってみる!」
「いいの?」
「うん。ここに来る前から感じてたの。あたしの中にあるニナさんの意思が、何かをやり遂げようとしてる。だから、あたしがそれを叶えなきゃ」
「ありがとう、ステラ。ニナにも感謝しないとね」
 そう言うとジェシカは立ち上がった。
「それじゃあ、片付けを済ませたら行きましょう」
「サラさんの家まではどれくらいなの?」
「歩いて十五分ほどね。食後の運動には丁度いいわ」
 かくしてステラは、サラを救う大役を担うこととなった。

 ジェシカの家からサラの家までは、のどかな農道が延々と続いていた。その脇には田畑が広がり、先ほどの紅茶の葉を育てている茶畑もあった。ジェシカは道中、この辺りの風習や歴史、狭間の世界の日常についてステラに話した。ステラは新しくも懐かしい話に楽しく耳を傾けた。

 十数分歩いて、二人はサラの家の近くまで来た。
「見えたわ。あそこにある白い漆喰の家がそうよ」
「あれがサラさんの家……」
 サラの家はジェシカの家とはまた違った、シンプルで小綺麗な外観をしていた。
「私があの子と話すから、あなたは隣で聞いていて」
「うん、わかった」
 二人は家の前まで歩いた。

「サラ、私よ。ジェシカよ。ステラもいるわ」
 ジェシカが呼ぶと、家の奥から足音が聞こえて来た。そしてドアが開き、サラが現れた。彼女の顔からは先ほどのような激しい憎しみは感じられなかったが、それでもジェシカを許したわけではなさそうだった。
「何?」
 サラはぶっきらぼうな態度で返した。
「さっきの話の続きがしたいの。私があなたとステラの前に現れた本当の理由。私はあなたの苦しみを減らす方法を知っているわ」
「私の苦しみを減らす? どうやって? いまさら何をしたって、ニナがいなきゃ意味無いのに」
「意味なくなんかないわ。これはニナが生前、あなたのために進めた研究の成果なのよ」
「ニナが? 私のために?」
「ええ。それを私が先へ進めて、やっと実行に移す準備が整ったの」
「どういうこと? ニナはいったい何を?」
 サラは寝耳に水といった表情だった。
「ニナはあの出来事があってから亡くなるまでの間、何度も私の家を訪ねてきたわ。あなたが数日家を空けるタイミングを見計らってね。私とニナは、あなたに内緒である魔法の研究を進めたの」
「ある魔法?」
「不老不死を解除する魔法よ」
「「!?」」
 サラは言葉を失った。脇で話を聞いていたステラも、これには驚きを隠せなかった。

次回


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