見出し画像

「ギラン・バレー症候群になった私が二浪を経てやっと大学生になる話」0

現役大学生の2浪済大学生(クリエイター名)です。

2023年3月、二浪の末無事に大学合格を手にすることができ、3年間の受験勉強生活に幕を閉じた。まだ20年しか生きていないものの、受験生として過ごした日々は人生で一番辛かったと言っても過言ではない。というのも、私を苦しめたのは"受験"そのものだけではない。何より、現役時代に私を襲った"ギランバレー症候群"である。つまり、この受験と病気のダブルパンチが私にとって苦痛なものであった。
大学生になった今でも後遺症に悩まされており(詳細は後述)、月1の通院と週3のリハビリを続けている。

そこで、勝手ながら、
『ギランバレー症候群になった私が二浪を経てやっと大学生になった話』
として、私の体験談をここに記録しておこうと思う。
もしかしたら誰も目にすることがないかもしれない。しかし、このnoteがいつか少しでも誰かのためになるように、という思いを込めて。

話は変わって、皆さん、ギランバレー症候群がどういった病であるのかご存知だろうか?簡単に言えば、「末梢神経が障害されることで起こる病気」である。主に、四肢に力が入らなくなったり、感覚が鈍くなったりなど様々な症状がみられる(呼吸不全を起こし、一時的に気管切開や人工呼吸器を要する場合もあるらしい)。とはいえ、症状の出方や度合いは人によって異なり、数ヶ月で完治する人もいれば、何年も何十年も後遺症で悩まされる人もいる。 

ここからは私自身の話をしていこう。
まず、私はインフルエンザワクチンの副作用によりこの病気にかかってしまった。以前に接種したことは何度かあった。偶々、今回接種したワクチンの型が私の身体に合わなかったのだろう。それは私を傷つけた。
四肢麻痺・感覚障害・排便排尿障害といったところだろうか。
幸い、食べたり飲んだり話したりすることは可能であった。しかし、その他は全て自分でできなくなったのが発症当初の出来事である。これらのことは次回以降詳しくお伝えしていきたい。

大学受験に備えて受けたつもりのワクチンが私の人生を台無しにした。
・・・とまでは思っていないが(苦笑)
失ったものが沢山あることは事実である。病院では私と同じように、あるいは私よりも重いものを抱えて生きる人々が沢山いる。自分も頑張って生きようと思わされる。でも公の場に出れば、皆普通に手を使い、足を使っている(目には見えない何かを抱えているかもしれないが)。このギャップに耐えきれないことが何度あったことか。

友達と遊ぶ時、歩くのが遅くて迷惑をかけたらどうしよう…とか
和食を食べに行こう!ってなって、
あ、右手上手く使えないから専用の箸持っていかないと…とか
左手使えないから茶碗持てないな。食べ方汚いと思われないかな…とか
漏らしてしまわないようにトイレの場所把握しておこう…とか
考えたことはありますか??
考えすぎと言われれば、考えすぎなのだろうか・・・

大学生だしバイトしてお金貯めて旅行したりしたい。勉強以外にもやりたい事が沢山ある。ただ、何をするにしても自分の身体を考慮しないといけない。ただ手だけ足だけが不自由だったら、もっと気楽に生きれていただろうなと思う。「死にたい」と思ったことはないが、正直、「死んでもいいかも」と思ったことはある。簡単にこんなことを思いたくもないが。

ネガティブなことをつらつらと書いてしまったが、基本的には毎日前向きに生きているつもりだ。今の自分に出来ることを考えながら過ごしているつもりだ。一日でも早く良くなるように、完治するように、リハビリを頑張っているつもりだ。支えてくれる家族や友人、医療関係者には感謝している。


初回から長々としてしまった・・・(笑)
ココまで読んでくださった皆さん、ありがとうございます。
出逢いに感謝します。
拙い文章ではありますが、今後発信していく私の体験や思いを綴るnoteを
目に通していただけると嬉しく思います。

それでは。

◎ギラン・バレー症候群について是非調べてみてほしいです!
 YouTubeでも紹介されています!





この記事が参加している募集

#自己紹介

231,097件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?