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好きということは…

ジジー……ジジー……


足元のアスファルトが照り返す熱で道の向こうの風景が揺れている。

僕の頬を伝った雫は顎を離れてアスファルトを黒く染めた。


空がうざったいほど青い午後。ただでさえ大きい入道雲が、僕に迫るように膨れ上がっている。

「雨、降るかな」

肩で口元の汗を拭って歩みを早めた。



「ふぅ……」

町のハズレの裏山。所々崩れている石段を登った先には古い鳥居が立っている。

僕は足元に気をつけながら木のアーチの中、階段を上る。


石でできた鳥居をくぐって鬱蒼と木がしげる境内に入れば、蝉の鳴き声がいっせいに僕を取り囲んだ。

僕は乱れた呼吸を整えようと深く息を吐いた。

少し震えている手に握る汗は夏のせいだけじゃない。



本堂の裏手。立派な神木の木陰に彼女は1人立っていた。

僕が踏んだ枝の折れた音に気づいてこちらを向いて微笑んだ。


「あ、やっと来た」

「ごめん、おまたせ」

「君から呼んだんだよ?」

「姉ちゃんがなかなか逃がしてくれなくて……ごめんね」

「……まぁいいでしょう。で、話って何?」

「あのさ……」


一際強い風が僕らの間を吹き抜け、神木の枝を揺らした。

2人を照らす木漏れ日が揺れて、取り囲んでいた蝉たちがいっせいに鳴き止んだ。

神秘的な夏の静寂が2人を包んだ。


その時、彼女の後ろで枝から伸びた葉っぱを何かが叩いた。


ふたりは揃って空を見上げると、黒い雲が広がっていて途端にバケツの底が抜けたように雨が降り出した。


「え!うそ!」

「とりあえずこっち来て!」


僕は彼女の手を引いて本堂の屋根の下に向かった。



それから20分ほど経ったが、僕たちはまだ神社にいた。


「止まないね」

「だね」


さっきから会話が続かない。胸に詰めてきたはずの覚悟はこの雨に流されてしまった。


その時、境内から見える街の向こうが光った。そして数秒後に空をつんざくような雷鳴が轟いた。


「きゃっ!」


彼女は身を強ばらせて僕の腕に掴まった。


「……大丈夫?」

「大丈夫じゃない……帰りたい」

「濡れちゃうけど……走れる?今なら少し落ち着いてるから」


彼女は少しヒールのあるサンダルを履いていた。


「…………うん」

「じゃあ、行くよ」


僕は彼女の手を引いて走り出した。崩れそうな石段で滑らないように気をつけながら僕らは走った。


ふたりの息遣いと足が水たまり越しのアスファルトを叩く音、そして雨粒が空を切る音だけが響く中、僕たちは走った。

1番近くの屋根のあるコンビニまではもう少しある。するとまた、雨が強くなってきた。

なんだか僕はずぶ濡れになりながら彼女と走っていることが、幸せですこしおかしかった。

すると何故だろう。笑いが込み上げてきた。


「……ふふっ…………はははっ」


彼女には変な顔をされると思った。だけど違った。彼女はその足を止めた。


「…………はははっ!おかしいね、なんだか!」

「はははっ!そうだね!」


僕は手を伸ばして離れてしまった彼女の手をもう一度、握ろうとした。しかしその手はなぜか、そのまま彼女の背中に回った。


「好きなんだ、君のことが」


さっきはあれほど出てこなかった言葉が今は流れるように出た。本心から彼女のことを好きだと思ったから。


「……私も」


彼女は僕の腕の中でそう答えた。


雨が僕たちの周りを叩く音が響く中、僕と彼女のだけはどこか別の世界にいるような感覚になった。


僕は彼女と離れると彼女の左手を握った。


「帰ろ?」

「うん、帰ろう」


僕たちはずぶ濡れになりながら雨の中を歩いた。

ずっとふたりでこうしていたいと思った。

彼女と出会って、好きになって、雨に濡れて、抱きしめて、想いを告げて。


さっき彼女を抱きしめた時に少しわかった気がする。



好きということは…


〈完〉



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