君のために何ができるだろう
タッ、タッ、タッ……
「……おはよ!」
声を掛けられた気がして後ろを振り向いた。そこには仲が良さそうな2人の男子高校生が笑っていた。
彼らがまだ固い制服に着られてるのを見る限り、きっとあの目には期待に溢れた今日が映っているのだろう。
2年前までは僕もこの坂を毎日登っていた、彼らと同じ制服を着て。
ただ、彼らと同じくらいの時の僕はあれほど目が輝いてはいなかった。何も楽しくなかったのだ。
近所の高校で自分の頭と相談した結果がこの坂の上の高校だっただけで、別にここに行きたかったわけではなかった。
毎日毎日。縫い目のほつれたコンバースを引きずって坂を登っていた。3年間この景色は変わらないと思っていた。
そんな時だった。その日も今日みたいによく晴れた朝だった。
ドンッ!
「あ、ごめんなさい……」
「ごめん!」
ぶつかってきたやつはこの坂道を駆け上がっていった。
「元気だな……」
その程度だった。
扉を開けっぱなしの教室はいつもにも増して騒がしかった。何事かと思いながら入ると皆が黒板の前に集まっていた。
2年生になって新しく担任になった先生が初回は勝手に席替えをしてしまう先生だった。その新しい席順が黒板に張り出されていたのだった。
前だ、後ろだと騒ぐクラスメイトの頭越しに自分の席を確認した。窓側2列目、前から3番目の席だった。
新しい自分の席に荷物を置いて、席に着いた。クラスメイトが集まる黒板は少し遠く感じた。
しばらく新しく感じる教室を見渡した後、ふと窓の外に目をやった。
中庭の桜はいつの間にか散っていて、緑が茂っていた。
頭をからっぽにしながら外を見ているとその視界に人影が割って入ってきた。
その人影は僕の席の隣に腰を下ろした。
「あ……」
「ん?……あー!」
そいつは今朝のあいつだった。
「さっきはごめんな。大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だった」
「そっか。これからよろしく、お隣さん」
「うん、よろしく」
名前はたしかユウキだったよな。
そんなことを思いながら期待に目を輝かせるこいつを見つめるほど、こいつのことはほとんど知らなかった。
その日から毎朝、あの坂道で僕を見かける度にユウキは声をかけてきた。
そんな関係がしばらく続くうちに坂の下の槻の木の下で待ち合わせするようになった。そして2人で話をしながら坂を登った。
学校が終われば2人で坂を下って槻の木のところで別れた。
テストの話。部活の話。恋愛の話。話題の芸人の話。好きなアイドルの話。他にもいろんな話をした。
そんな毎日が楽しかったんだと思う。楽しいことも辛いことも分け合っていたあの毎日が。
もちろん喧嘩したこともあったし、変な距離ができたこともあったけど次の日には元通りだった。
ひとりっ子だった僕にとっては兄弟みたいな存在だった。今思えば気づかないうちにお互いに認め合っていたんだ。
でも、そんな毎日もいつまでも続かなかった。卒業してからは僕はまた1人になった。
1人になって気づいた。僕がユウキと出会うまで夢も明日への期待もなかったのはなんとなく生きていたからじゃない。1人だったからなんだ。
人は1人では生きていけないし、戦えない。夢を見ることさえ出来ない。その事に今になって気づいた。
でも気づいた時にはもう遅かった。ユウキに教わった夢とか友情とか優しさとか。それに対する感謝はどうやって返せばいいのか。
坂を駆け上がっていくあの2人はきっと全身から汗が吹き出しているだろう。そしてその汗はきっといつか2人にとってかけがえのない友情に変わる。
どんなときも近くで足音がするという幸せを今のうち噛み締めて欲しいな。そんなことを思いながら坂の上の日向に消えていく彼らを見上げた。
その時。槻の木の葉が風に揺れた。
「おまたせ!」
後ろから肩を叩かれた。
振り返るとそこにはユウキがいた。
「2年ぶりか?元気にしてたか」
さよならを告げたあの日と変わらない、いや、少し大人びたユウキが変わらない笑顔でそこにいた。
「元気にしてたよ。ユウキは相変わらず待ち合わせギリギリだな」
「そんなことねぇよ」
ユウキは誤魔化すように笑って坂を登り始めた。
その背中はあの頃と変わらず、僕に何かを教えてくれようとしていた。
「……変わんねぇな」
「なに?早く来いよ」
「なんでもない」
今僕は、僕の人生を変えてくれた
君のために何ができるだろう。
〈完〉
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