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受験の季節になると…

これは 私が大学受験に失敗して
浪人した頃のお話です

私は 初めて親元を離れて 一人暮らしを
始めたんですが 浪人は 高校生でもなく
大学生でもない 浮き草の様な状態
ですから この先いったいどうなるのかと 
不安でいっぱいの時期でした

私が入居したのは 朝食と夕食が出る 
いわゆるまかない付き」の下宿でした

そこへ 私と同様 ピカピカの浪人生が
次々に入居してきて 私を含めて総勢10名に
なりました

1階は「下宿のおばさん」一家の住居であり
2階は 廊下を挟んで 下宿生10名の部屋が 
5部屋ずつ向かい合わせに並んでいました

私の部屋は角部屋で お隣りには 斎藤くん(仮名)
が入居することになったのです

1階と2階の間にある階段に 最も近い部屋が
私の部屋だったので 誰かが 階段を上り下り
すれば 足音がドタドタと聞こえました

耳を澄ませば 1階のリビングの話声も
かすかに聞こえる場所でもありました

その斎藤くんは 身長が185㎝位ある
色白で とても無口な青年でした

でも 今年4月から予備校に通うというのに 
何故か3月の時点で 斎藤くん の部屋には
机が無いことが とても不思議
でした

机を持っていない 予備校生 か … 
刀を差していない 侍 みたいなもんだなぁ

などと下らない事を考えていたら
案の定 斎藤くんは1階のリビングまで
階段をトントンと下りて行くと
おばさんにこう言ったのです

斎藤くん:
「おばさん 僕ね 机が無くて
 今 困ってるんだよ
 もし余っている机があったら
 貸して欲しいんだけど…  」

おばさん:
「あらそうなの? それじゃ娘が 大学を
 卒業するので 机はもう要らないって
 言ってたから あした娘に話して
 それを貸して上げるわ!」

斎藤くん:
 「ホント? 良かった おばさん 有難う!」

斎藤くんは安心したのか 階段を勢いよく
駆け上がると 自分の部屋に入り  ドアを
バタンと閉めました



ところが その30分後…



斎藤くんは1階のリビングまで
階段をトントンと下りて行くと
おばさんにこう言ったのです

斎藤くん:
「おばさん 僕ね 机が無くて
 今 困ってるんだよ
 もし余っている机があったら
 貸して欲しいんだけど…  」

おばさんは アレ?っと思ったそうですが
話を合わせるように こう答えました

おばさん:
「そうなの? じゃ娘が
 机はもう要らないって言ってたから
 あした娘に話して
 それを貸して上げるわ!」

斎藤くん:
 「ホント? 良かった おばさん 有難う!」




ところが そのまた30分後…



斎藤くんは1階のリビングまで
階段をトントンと下りて行くと
おばさんにこう言ったのです

斎藤くん:
「おばさん 僕ね 机が無くて
 今 困ってるんだよ 
  …


この3回のやり取りで これはもう
ただ事ではない と思った おばさんは
急いで斎藤くんの実家に  電話を掛けました

電話に出たのは 斎藤くんの
お母さんでした

おばさん:
「あっ斎藤〇〇さんのお母さんですか?
 私 息子さんをお預かりしてる〇〇です
  …  」

お母さんと話していた おばさんは
その時  耳を疑う言葉を聞いた 
後で話してくれました
それは …

おばさん:
 斎藤くん のお母さんたらね  こう言ったのよ…
 
   “ あぁそうでしたか…ちゃんと薬を飲むようにと
     何度も念を押してあったんですけどね~

 そうでしたか … やっぱり●●●●ダメでしたか… ”

次の日 私は 予備校のガイダンスを終えて
下宿に戻ってみると 既に斎藤くんは
部屋を引き払って 消えていました

斎藤くんのお母さんが 下宿まで訪ねてきて
部屋をキレイに掃除すると 彼を連れて
実家に戻って行ったそうです

どうやら斎藤くんは ピカピカの浪人では
なくて 医学部志望の 今年4年目の浪人
だったそうです


下宿の玄関の引き戸と
ゲタ箱の隙間には
金属バット1本
忘れられたまま
残っていました

それは斎藤くんが 無言で
素振りをしていた

金属バットです

私は「受験」という言葉を
聞く度に  斎藤くんが
何も言わず
 ただ黙々と
金属バットを振っていた
その後ろ姿と

 …
金属バットが
風を切る 音を
今でも
思い出して
しまうのです


ビュッ


ビュッ


 …



◆浪人した頃のお話(パート2)も
 ご覧ください ↓


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