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展覧会ができるまで(美術館の舞台裏)vol.16 展示作業編

美術館で展覧会が開催されるまでの工程を、学芸員の立場からひとつひとつ解説していくコーナーです。工程を細かく切り出していたら、大長編になってしまいました。でもあとちょっとです。

前回の記事(↓)

全工程はこちら(↓)をご覧ください。

25. 作品を展示する

作品がすべて美術館に集結しました。さぁ、いよいよ実際の展示作業です。

展示替え期間中は、美術館は休館、もしくは展覧会で使う展示室だけ閉室とします。
作品が飾られていないがらんどうの展示室に立つと、毎回「うちって、こんなに広かったっけ?」と思います。

展示作業は、小さな美術館であれば学芸員だけで行うこともありますが、中規模以上の館はだいたい作業スタッフを外部委託します。ここで力を借りるのが、集荷の時にもお世話になったヤマトや日通を筆頭とする美術品輸送業者です。
彼らは美術品を運ぶだけではなく、実際に作品を展示するノウハウも持ち合わせています。展示室の大きさによって、2人だったり、4人だったり、基本的には偶数名で派遣してもらいます。
大型の展示施設だとそれこそ10名以上の作業員を手配してもらい、複数のグループに分かれて同時並行で展示作業を行うこともあります。

美術館の多くは、可動壁(スライディングウォール)があり、展示内容にあわせて部屋の仕切りを変更することができます。なので展示する前に、展示室の壁の配置などを済ませておきます。
さらに展示デザインの会社を入れて特設のケースを作ったり、大がかりな仕掛けをしたりすることもありますが、今回は割愛。

ようやく、収蔵庫にしまっていた作品たちを展示室に運んできます。担当学芸員は、事前に作成した展示レイアウトをもとに作品配置を指示します。

作品をすべて展示室に移動したところで、開梱作業にうつります。
多くの作品は収納箱に入った状態で収蔵庫におさめられています。また外部から借用してきた作品も、輸送時に破損しないように現状に梱包されています。こうした梱包を取り外し、作品ひとつひとつを裸の状態にしていきます。
作品がむき出しの状態なので、緊張感が高まります。集中しなくてはいけません。

そこから作品をそれぞれの設置する場所に置いていきます。現物を並べてみると、頭の中で考えていたイメージと異なる部分が出てくるので、そこから現場判断で修正を加えていきます。
「この作品とこの作品は並びを逆にしよう」とか「ここの作品間隔をもう少し詰めて」とか、学芸員のセンスの見せ所です。

配置が決まったら、作品の設置作業です。
額に入った油彩画や掛け軸のような日本画は、壁に高さを揃えて掛けていきます。
工芸作品や彫刻などの立体は、台の上にのせる、独立した展示ケースにいれる、転倒防止の処置をする、など色々やることがあります。

学芸員ももちろん一緒に作品を運んだり、持ち上げたり、ワッショイワッショイがんばります。展示室が広い館では、こうした作業がとうてい一日では終わらず、数日がかりで行います。

26. 照明を調整する

作品がすべて展示できた後は、キャプションやパネルを置いたり貼ったり、その他にもバナーを吊したり、この頃にはだいぶ展覧会らしくなってきます。

そして最後に待っているとても大事な作業が照明です。

※照明については、過去にこの記事(↑)で詳しく語ったので、今回はその内容の一部を修正して再掲します。

彫刻などの立体作品が、照明の当て方によって表情が変わる、というのは直感的に理解できるかと思います。
全体的にふんわりと光を当てれば優しい印象になりますし、彫りの陰影が際立つように光を当てればやや厳格な雰囲気になります。下から光を当てれば恐ろしげな表情に変わることも(子供が懐中電灯でよくやるやつ)。

じゃあ、絵画のような平面作品は照明があまり重要ないか、と言えば、もちろんそんなわけはありません。
平面といっても、実際の絵画作品は印刷物のようにツルツルの真っ平らではありません。洋画であれば額がありますね。分厚い額、装飾的な額、色々あります。
照明の角度によっては、この額がつくる影が画面にかかってしまいます。もちろん影をゼロにはできませんが、自然に見えるよう注意しなくてはいけないのです。
また油彩画は、薄塗りの画家もいれば、粗いタッチをみせる画家もいます。タッチが特徴的な画家であれば、その凹凸がわかるような照明をするのもありですね。ただやりすぎるとくどくなって、絵の良さを殺してしまうのでバランス感覚が試されます。

日本画の掛け軸に関して言えば、巻いている状態が基本なので、横方向に折れ線が無数についてしまっているものが多いです。
こうした作品に対して、上から光を当てると、折れ目が際立ってしまい、ものすごく痛々しい状態の作品に見えてしまいます。もし劇場で満身創痍の人が舞台に上がってきたら観る方は心配で芝居の内容が頭に入ってきませんよね。それと同じで作品の傷み具合に鑑賞者の注意が向いてしまっては本末転倒。
そんな時は光を当てる角度をゆるやかにするか、下からも光を当てて影を打ち消すかすれば、ダメージは目立たなくなります。

昨今は美術館に導入されるLEDライトも進化して、照度を変えられるのはもちろん、色温度を変えられる調色機能のついたライトもあります。
色温度というとわかりにくいですね。温かみのあるややオレンジがかった色(色温度が低い)とか、無機質でクールな印象を与える白っぽい色(色温度が高い)とか、光にも表情があります。この色温度によって作品のイメージはがらりと変わるのです。

それから実際に作品の前に鑑賞者が立った時、その人の影がばっちり作品にうつってしまうというのもやりがちな失敗です。作品と照明スポットを結ぶ直線上に人が立つ形になると、当然ですが影がうつってしまうので、それを見越した位置に照明はセットしなくてはいけません。

また、アクリルやガラスのはまった額装作品が多い展示の場合、照明が反射して鑑賞者がまぶしく感じてしまうことがあります。
一度照明が全部仕上がっても、一通り鑑賞者の気持ちで展示室を見て歩き、目に直接光が飛び込んでくるような不快な点がないかを確認するのも大事な一手間です。

とまぁこんな具合に、思いつくままに挙げただけでも気にしなくてはいけないことが多々あるのが美術館の照明です。あちらを立てればこちらが立たずで、100点満点の照明はありえませんから、優先するものが何か、妥協するものは何か、ということを常に考えながら照明を調整します。

それだけ複雑で奥が深いものなので、照明だけを専門とするプロも美術館業界には存在します。特に大会場の展示となると、展示を一通り終えた段階で照明の専門業者に入ってもらうことがあります。
でもまぁ、多くの美術館は照明の調整は学芸員自身が行っています。

学芸員としては大事な作品を少しでもきれいに見せたいから、最後まで気が抜けません。
ぜひ展覧会に行った時には、作品から一歩離れて、照明がどんな風に使われているか見てみてください。展示の楽しみ方が少し深くなると思いますよ。

つづく>>


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