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展覧会ができるまで(美術館の舞台裏)vol.15 作品集荷編

美術館で展覧会が開催されるまでの工程を、学芸員の立場からひとつひとつ解説していくコーナーです。工程を細かく切り出していたら、大長編になってしまいました。でもあとちょっとです。

前回の記事(↓)

全工程はこちら(↓)をご覧ください。

24. 借用作品の集荷をする

さぁ、いよいよ展覧会の開幕日も近づいてきました。
展示するための作品を、美術館に集結させなくてはいけません。

出品交渉を経てよその美術館に借用依頼を出す話は前にしましたね。

借用作品は、待っていれば美術館まで宅配便で送られてくる、なんてことは当然ないわけで、責任を持って輸送しなければいけません。

まず、誰が輸送するのかというと、ご存じの方も多いでしょうが、美術品専用の輸送業者です。有名なところでは日通やヤマトの美術品輸送ですね。

一見すると、日頃荷物を宅配してくれる人たちと同じ出で立ちなのですが、美術品の取り扱い、梱包、輸送に特化した訓練を受けているプロ集団です。
日本博物館協会が行う「美術品梱包輸送技能取得士試験」(1級〜3級)に合格している人も多いです。

輸送用のトラックも、美術品専用車、通称「美専車(びせんしゃ)」といって、荷台は空調管理可能かつ振動吸収機能がついた特殊なものが使われます。

こうした頼れる専門スタッフの力を借りるわけですが、学芸員が何もしなくていいわけではありません。

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まず、借用先の美術館に連絡して、集荷スケジュールを立てる必要があります。
1件だけならなんてことはないのですが、様々な地域の美術館から借りるとなると、途端に難しくなります。

予算も人員も限られているので、なるべく効率的に集荷しなくてはいけません。
同じ地方の集荷先は一度の輸送で回ってしまいたいので、先方の学芸員さんと日程調整をします。
どこも暇ではないので「いつでも来ていいですよ〜」ということはなく、「対応できるのは、この日の午前か、この日の午後か」みたいな候補日が限定されます。
複数館を巡る場合は、なるべくこれを効率的に組み合わせて、輸送業者の担当者とも相談しながら無駄なく一筆書きで集荷できるようなルートを考える。
また、輸送にあたって貴重な作品には保険をかける必要があるので、その手配もします。
これらも学芸員の仕事です。

ちなみに今回は、日本国内の陸路で運ぶパターンに限定して話してます。

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輸送にあたって特別な準備が必要な場合もあります。
普通は作品には収納用の箱があるのが一般的ですが、そうしたものがなくむき出しの状態で収蔵庫に保管されているものもあります。
または超特大サイズだったり、複雑な形状をしていたり。

このような場合は、輸送業者に頼んで輸送用の箱を特注で作っておく必要があります。時には、担当者に一度現地に行ってもらい、下見と採寸をしてもらうこともあります。

そして借用時にその箱を持ってきてもらうのです。

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なんとか集荷スケジュールが組み上がったら、さぁ出張です。

約束の日時に借用先の美術館にうかがいます。
輸送業者とは現地集合の場合もあれば、トラックに同乗して向かうこともあります。

輸送業者にお任せして作品を持ってきてもらうのではなく、学芸員も必ず現地に行くのは理由があります。

一つは、作品のコンディションチェックを行うためです。
借用する作品は、先方の美術館の収蔵庫などでかならず箱から出して、貸し出す側と借りる側の双方の学芸員がコンディションチェックを行います。

返却時にも同じことをするのですが、つまり借用期間中に作品に変化がなかったかどうかをシビアにチェックするのです。
絵具が剥落しそうな箇所や、破損の危険があるような箇所は、調書にメモしたり、写真撮影したりしてきちんと記録を取っておきます。

コンディションチェックが終わったら、輸送用の梱包にはいります。
これは輸送業者のスタッフにお願いしますが、取り扱い時の注意点などを伝え、万が一にもトラブルが起きないように注意深く梱包作業を見守ります。

複雑な形状の作品でも適確に養生しながら(クッション材をあてながら)梱包し、箱に収めるプロの手業(てわざ)にはいつも感心します。

一通り梱包が終わったらトラックに積み込み、出発です。

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ここで学芸員が現地にいくもう一つの理由。
それが責任者として、輸送中の作品を見守ることです。

トラックには学芸員も必ず同乗します。
輸送中に万が一にでも不測の事態が起きた時に対処できるように。

というわけで、複数館を回るような地方遠征となると、数日間の出張になります。
輸送中はただ座席に座っているだけなので、楽な仕事だと思われるかもしれませんが、正直広くも無い座席で身動きできずに車に揺られ続けるのは結構しんどいですよ。

ぼけーっと高速道路の車窓をながめて過ごします。
(この間にもバリバリ仕事をする学芸員もいますが、私は車中でパソコンや本を見ると車酔いするのであきらめて無になります)

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長旅を経て自分の美術館に到着し、作品を無事収蔵庫にしまって、ようやくほっと一安心といったところです。

借用先が多い展覧会となると、この輸送作業を複数回行うことになります。
当然、展覧会担当学芸員だけでは身が持たないので、担当以外の学芸員も手分けして集荷の旅に出ることになります。

貴重かつ高額な一点物の美術品を動かすとなると、これだけ大変なことになるのです。

つづく>>


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