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詩を、生きる信号としたために|詩「横断歩道」

   横断歩道
                 文月悠光

通学かばんの取っ手が肩にくい込み
ハタ、と立ち止まった。
振りむくと、
ちいさな男の子が
私のかばんの手を引いている。
彼の向こうには
色とりどりのランドセルが無秩序に並んでいた。
その一つ一つに
鮮やかな黄色いワッペンが留められており、
奇妙な配色をなしている。
ワッペンの安全ピンを刺す母親の手つきは
交通事故傷害保険。
ランドセルから無数のつむじ頭が見え隠れしはじめる。
あわてて自転車にまたがり、ペダルを踏み込んだ。
けれども、
赤信号を渡れない子どもたちの足音は
私の背中におぶさって
ゾロゾロと行進をはじめるのだ。

(詩を、生きる信号としたために、私は幾度もことばに轢かれた。痛みをこらえ、うずくまっていると、西日で焼けた活字にジィッ……と血が染み込んでいく。ことばの吐いた光が、目に入ってあばれる。盲目のまま這い出したところを、音につかまった。手には“て”を重ね、口には“くち”を合わせ、私に“わたし”の根を張り、ことばの音は密生する。その営みが終わらない。私はただ、詩を書きたい、それだけなのに)

青信号の点滅に私が踏みとどまるとき
ひとりの女が横断歩道へ歩み出る。
せつな、赤い光がその頬にさした。
赤信号を悠々と渡る、女のまっすぐな背中、
焦点のようなそれが忘れられない。

子どもたち!
幼い頃の記憶を見すえたまま、私は呼びかける。
色に従うことを余儀なくされた記憶から、
抜け出すための横断歩道。
あそこに照っているのは
赤や青黄に、ももすみれときわ色。
渡りきるまで、
たくさん轢かれてみよう。
ランドセルも道連れだ。
さぁ、この喉は声を発す。
だが、血も吹く!
保険おりるな。
だから
おりてこいよ、ことば。


ーー詩集『適切な世界の適切ならざる私』(ちくま文庫)より
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適切な世界の_書影_帯付

解説:町屋良平
帯 推薦コメント:綿矢りさ
装画:カシワイ
装丁:名久井直子

「だから/おりてこいよ、ことば。」「されば、私は学校帰りに/月までとばなくてはならない。」―学校と自室の往復を、まるで世界の淵を歩くようなスリリングな冒険として掴みとってみせた当時十代の詩人のパンチラインの数々は「現代詩」を現代の詩としてみずみずしく再生させた。中原中也賞と丸山豊記念現代詩賞に輝く傑作詩集が待望の文庫化!

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発売日 : 2020/11/12
ISBN-13 : 978-4480437099
文庫 : 158ページ
出版社 : 筑摩書房 (2020/11/12)

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▶︎目次(※一部。文庫版あとがき、町屋良平さんの解説が入ります)

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