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【朗読】冬耳(ふゆみみ)

文月悠光
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自由にしていいよ、と
だれかに告げてみたかった。

わたしは
わたしに恵まれて
生きている。

 *

ただいま、と部屋へ呟いたら
耳をほどいていく儀式。
白いイヤホンを抜き取ります。
マスクの紐もそっと外します。
メガネも外してあげると尚よい。
冷えきった耳は先の方から赤らんで
聴くことを少し休みたがっているよう。
自由にしていいよ、と
だれかに告げてみたかった。

冬の樹は枝々に氷を咲かせて
月光をよろこばせている。
その複雑な肢体すべてを晒して
風にうなずき続けている。
雪原の空を脈々と走る、氷のはしご。
ただ止まって休むのではない。
次の季節に備えるため、
雪風に身をまかせ、眠っているのだ。

夜、熱い湯を耳にかける。
石鹸を白く泡立てながら、
ひび割れた心を縫いつけていく。
だれのなかにも等しく在る凍てついた記憶は
うっかり光を振りまいてしまうので、
その囁きに目を閉じて、凍えた胸を抑える。
(あなたはわたしに恵まれて
 わたしはあなたに恵まれて
 なによりも光って)

わたしは
わたしに恵まれて
生きている。

詩「冬耳」文月悠光


*「婦人之友」2020年12月号 ミヨシ石鹸さん広告より。
毎月、裏表紙広告欄に詩を書き下ろしています✍
写真:岩倉しおりさん

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