見出し画像

炎の料理人と呼ばれた中学生

これはスクールカースト下位、教室でぱっとしない存在だった私が数日間だけ味わったちょっと不思議な体験だ。




その日何だか私はついていた。登下校中にいつも吠えてくる犬がちょうど飼い主に甘えていた。学校に行くまでに一度も赤信号に引っかからなかった。

極めつけは5分ほど遅刻をしたのにばれなかったことだ。職員会議が長引いてしまったのだそうだ。先生がそう事情を説明するのを聞きながら、私はこっそり机の下でガッツポーズをした。


一時間目の数学が終わり、教科書を片付けていると机の周りに3~4人の同級生が集まってきた。私がいつも一緒にいるグループの子たちではない。

「ねえ、ちょこさん。次の時間のことだけど」
「うん」
「今日チャーハン炒めるの誰にする?」
「えっ、○○さんじゃないの?」

少し前の授業で決まった担当の同級生の名前を口にすると、声を掛けてきた子は小さくため息をついた。

「○○さん、今日休みになったでしょ」
「あ、そっか…」


今日は家庭科の調理実習でチャーハンを作る日で、名前順に集まった同級生たちと協力しないといけなかった。集団行動の苦手な私としてはちょっと緊張する一時間となる。

「じゃあ、じゃんけんで決める?」

しばしの沈黙の後に決まった方法で正々堂々と勝負をし、まんまとジョーカーをひいてしまったのは私だった。しばらく無言で自分のグーを見つめる。






各々エプロンをまとい、手を洗ったところで調理実習は始まった。材料を洗い、刻んでいく数人の子を見ながら私は自問自答を繰り返していた。

(本当に…私にできるのか?数えるくらいしかフライパンで炒め物を作ったことがないのに、チャーハンなんていう超難関料理ができるのか…?)

私はこのことをグループの子たちに恥ずかしくて言えなかったことを後悔していた。そんなことを今更考えていてもどうしようもなく、あと10分くらいすれば順番が巡ってくる。


「じゃああとはちょこさん、お願いね」
「は、はい」

声が震えてくる。今からでも本当のことを言おうかとも考えたけど、残念ながらこのグループには一人も友達がいない。人見知りな私から話しかけることも難しいと思って諦めることにした。


(もう、どうにでもなれ…!)


かちかちとコンロに火をつけ、フライパンが温まったところで溶いた卵を流しいれる。ふわふわとしているところを軽く崩し、ついにご飯と具を入れていく。よし、ここまではうまくできた。

(なんだ、案外できるじゃん私…)

そんなことをうっかりと考えていた時だった。




フライパンに火がついた。






途端にきゃーっと上がる女子たちの声。うおーっと興奮しているかのような男子の声。「ちょっと、ちょこさん火を止めて」と言ってくる女の先生の声。家庭科室の中は一瞬にして阿鼻叫喚の図となった。

(え、え、え!?どうしよう…)

とりあえず火を止めてみたけど、フライパンについてしまった火はすぐには消えなかった。すると隣で見ていた盛り付け役の女の子が感動したように呟いた。

「炎の料理人…!」


少し時間が経ったところで火は自然に消え、家庭科室にいる誰もがほっとした。と思っていたら何故か私は教室で普段目立っているスクールカースト上位の子たちに取り囲まれていた。

「あんなに火がついたのにおいしそうにできてる!」
「ね、チャーハン味見していい?」
「いいけど」

盛り付け途中だったチャーハンを少しだけ分けると、味は普通だったらしい。けど何故か私は少しの間そのグループの子達に囲まれるようになってしまった。そして「炎の料理人」と呼ばれるようになった。よく意味が分からなかったけど、とりあえず一緒にいる時間は笑って過ごした。




「炎の料理人」とはかつて一世を風靡した中華料理の有名シェフのことだったらしい。

数日後、私に声を掛ける子たちは減っていくことになる。挨拶をしてくれるくらいのことはしてくれたけど、一緒に行動することまではなくなった。そして「炎の料理人」というあだ名だけが残った。

解放された後にはまたいつもの友達と一緒にいるようになった。でもあの子たちと遊べた日をたまに懐かしく思うようにもなった。ただ教室で騒いでいるだけの印象があったけど、みんなと明るく楽しく過ごしているのは居心地が良かった。



家庭科の先生には申し訳ないと思いつつも、この時の料理の失敗がきっかけで何だかいろんなことを学んだような気持ちになっている。

少しでも気を抜くと大事故になってしまう可能性があること。けど危険な状況であっても落ち着いていれば何とかなるかもしれないということも身をもって実感した。

そして最後にスクールカーストとして差別されたような気持ちになっていたけど、それはそのまま自分も差別している立場にもなっていたということだ。


目立つグループの子だからといつからか避けていた。けど話してみれば私と同じ中学生で普通にいい子ばかりだった。もっと話してみたかった子もいるくらいだ。

だからスクールカーストで目立つ子とそうでない子でグループを分けるのはちょっともったいないのかもしれない。

この記事が参加している募集

読んで下さり本当にありがとうございます。サポート頂けると励みになります。いつも通りスイーツをもぐもぐして次の活動への糧にします。