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めだかメタバースDirect

ワールドビジネスサテライトでめだかが流行っているというニュースを観ました。ヘッダ画像をお借りしています。

めだかとどうぶつの森と任天堂Directの相関関係について。

めだかを飼う意味

めだかを飼うにはロマンがある。神じゃないんだからビオトープなんて流石に造れないけど、自分が稼いだ金で造った環境でせっせと繁殖して生きている生き物がいると、なんか自分が認められた気になるんじゃないでしょうか?

ぼくはめだかを飼ったことがないんですけど、経済効果とかに良いだろうし誰も傷つけないし(わめかない、におわない)(別に犬猫が嫌いと言っているわけではありません。ぼくの身の回りには犬猫を飼う人ばかりで溢れている)、他のペットのように観ているだけで時間が経つほど楽しい。立派な趣味と言える。釣りみたいに大道具を買い込んだり、何十時間もどこかに立ちっぱなしだったり、大移動とかもしなくていい。

一度水槽を設置しちまえば、以降は彼女/彼らの様体を観るためにわざわざ時間を割く必要がない。そこにあるからですね。

めだか特集で取り上げられていた経営者はもともと就活生向けの下宿を営んでいた。つまり家賃収入みたいな固定所得が得られていたわけでもともと才覚があった(確かセミナーとかもしてあげてた)。だからめだかを量産する才覚も当然に手にした。

2020と箱庭

ぼくはめだかが注目されたのは今に始まったことじゃないと思っています。それは2020年のあの環境下において人々が求めたものが証明している。

折に触れてしょっちゅう書いてますが、実はこのnoteのアカウントもその乗りで造られた。つまり集まれどうぶつの森が激はやりしたことの影響下にあるのです。

ぼくは集まれどうぶつの森で遊ばず、どうぶつの森ポケットキャンプを選びました。久々のゲームだったため、たかがゲームと言わず学ぶことがめちゃくちゃたくさんあったといいますか、ポケットキャンプで遊んでいるうちにすんげえ色んな感受性がまだぼくの中にもあんのんやな、みたいなことがわかるほどみずみずしさを思い出せる造りになっていて、それを忘れたくなくてnoteを立ち上げた。

これが一個目のnoteです。喜びに満ち溢れている。

ぼくはポケットキャンプで「疑似自活」の楽しさに目覚め(実際は食ったり寝場所を確保したり排泄したりしなくていいので「自活」なんて表現は笑われてしまうでしょう)、note内機能におけるマガジンにおいて、当該感性をまとめたマガジンを初めて自分用に創りました。マガジンという機能を初めて使った。初めてばかりは楽しいですね。

しかしながらポケットキャンプの機能拡大によるアップデートに貧弱な機体が耐えきれず、振り落とされてしまった。任天堂アカウントも後回しにしてしまっていて、ぼくがいた島はまるで水底に落ちていった気分になりました。

ぼくの箱庭体験は落ちが暗めですが、多くの人はSwitchを手にし、楽しい集まれどうぶつの森体験をしていた。それは任天堂の当期純利益が示しています。異常値だった。ぼくはそれをとても良いことだと思う。

任天堂Direct2022/09

一方、この前の任天堂Directを観てぼくはめちゃくちゃ驚きました。この理由は箱庭ゲームの新規リリースについて夥しい数の発表がなされていたから。

あまりに衝撃が強すぎて、一発目が牧場物語だと思っていましたが一発目はファイアーエムブレムでした。でもリメイクの牧場物語が2つ目のラインナップですよ。

次にファクトリオ、あとぼくは敷居の設定が曖昧なためTUNICもそう思えなくもないですがアクションゲーっぽいので置いておくと、

ペルソナ5。これは学生の箱庭体験です。

ルンファ3。ぼくは非常に好きだった。

オクトパストラベラーやVARIOUSデイライフもドット絵がすごくてシナリオとか超大変そうで箱庭扱いしてもいいんですが、ちょっと置いておくと

牧場物語2。

ライザのアトリエ3(ファイナル)。これはファンタジー世界の経営箱庭ゲーです。

HARVESTELLA。7等身ルンファー

ピクミンも背景だけは思いっきり箱庭ゲーなんですがアクション面がメインですよね。

このように7つも箱庭ゲーがある。2020年から2.5年も経ってしまったので、人々は次の箱庭を求めているんだとぼくは理解しました。それがめだかや任天堂Directにあらわれている。

主力ゲーム的なのを別にガン無視したいわけじゃないんですが、あまりに箱庭が多くてびびりました。ベヨネッタとか素晴らしく美しい魔女を操作できるなんて良さがいいですよね。

で箱庭って何かというとメタバースなんですよね、どうぶつの森ポケットキャンプの項目で書きましたが、疑似自活という表現はメタバースを示しています。別に制約があったってそれはその人がメタバースだと思えばメタバースなわけです。

ビオトープだって、そこにある居住性や生活感を想像すればあなたの頭の中にはメタバースがあり、目の前のそれはそのメタバースのメタ次元である。内部告発の風よけのために社名を変え、できるわけもないメタバース事業に手を出して90年代みたいなCGをリリースしてしまう企業にはできないあなただけのメタバースだ。

メタバースって別にわざわざゼロから用意してくれなくてもそこにある。ある意味全てのゲームは元から自分ひとりだけが生き物なメタバースでした。オンライン常時接続でどんどんメタバースに近づいた。ゲームとは、飽きるまではほぼメタバースでしょう。

他には自分が何かに影響を及ぼしたいかどうか……な話になりますがそちらは本題とずれてしまうので時間があればまた………お読みくださりありがとうございました。

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