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休むこと。 Vol.2 ~ 眠ること ~

睡眠を理解し、睡眠をコントロールすることは健康な生活を営むのに欠かせません。

睡眠は身体を休めることのみならず、運動由来の代謝、神経、免疫の反応を安静時の値へ戻すことを促進すると同時に、遺伝過程の持続、トレーニングに対する適応(神経促通)を確実なものにしてくれます。

本日は「休むこと」の筆頭活動である「睡眠」について掘り下げていきたいと思います。

「睡眠」とは

「睡眠とは感覚器官による知覚は働いているが、意識は喪失していて、自然に繰り返されるコントロールされた状態のこと」
                         (Beersma 1998)

ヒトは人生の1/3を寝て過ごしており、ほとんどすべての動物も眠りますが実は「なぜ眠るのか」については未だに明確な答えはわかっていません。

どうしてすべての動物が眠るのか、正確に言うと、すべての脳(中枢神経系)を持つ動物はどうして眠らなければいけないのかについて、脳科学は未だ正確な答えを用意していません。

また、1日の睡眠量ないしは睡眠は、どのようにコントロール・制御されているのかについてもわかりません。

長く起きていれば、眠くなるし、徹夜明けは長く深く眠ります。
そこで「睡眠の恒常性」というフィードバックがかかっていることはわかりますが、これにどのようなメカニズムで起こっているのかについてはわかりません。

しかしながら、脳を持つ動物は必ず睡眠するということは、脳(中枢神経系)を持つ動物にとって睡眠は必要不可欠であるということはわかります。

臨床で患者さんを診るとき、問診で私は必ず「睡眠時間」を尋ねます。
「睡眠時間」が短い、眠りが浅いなどの自覚がある方は痛みが長引きやすく、神経の修復や学習(運動や動作)の習得が遅れる傾向にあることはよく経験します。

実際、痛みは複雑な神経ネットワークから生じるプロセスであり、慢性的な痛みの改善には脳認知領域の修復が欠かせないことは最近の研究で明らかになってきています。

神経の修復に寄与するとされるグリア細胞は睡眠中に老廃物と蓄積された毒素(タンパク質)を脳脊髄液を通して放出する経路を開く働きをしており、活動時より睡眠時の方が10倍活発に働くことがわかっています。

このことは睡眠不足が脳の機能低下を招くことの理由を説明しており、睡眠によって神経回路が自己調整能力を取り戻して、患者の注意を要する「学習」ができるようになるといわれています。

睡眠が脳と身体の機能維持のために必要不可欠なものであるのであれば、他のどの動物よりも脳を発達させ、進化してきた「ヒト」にとっての睡眠はより深く、意味のある行動であり、正しい理解が必要となります。

睡眠の種類

睡眠にはレム睡眠(rapid eye movement:REM(急速眼球運動)とノンレム睡眠(non rapid eye movement:NREM)があり、
PCでいうと覚醒がインターネットも電源もONの状態だとすると、ノンレム睡眠はスリープモード、レム睡眠はオフラインモードと言えば想像しやすいでしょうか。

ノンレム睡眠とレム睡眠は交互に対となって90~120分で1周期となり、適度な睡眠には4~6周期(6~10時間)必要とされています。睡眠前半部分はノンレム睡眠が、後半部ではレム睡眠が優位に出現しています。

https://sleepstyles.jp/report/ss-986/ より引用 

睡眠周期の加齢変化

睡眠周期は年齢によって異なっており、新生児期は16時間程度の睡眠時間で多相性の睡眠を呈しており、10歳代後半になると成人と同様の7-8時間の睡眠となります。

ノンレム睡眠は加齢とともに減少し、60歳代では10%未満となります。
60歳以上になると睡眠時間は減少し、70歳代では6時間未満となり、再び多相性の睡眠に移行するといわれています。

睡眠時間の加齢変化 文献2より引用

ここでひとつ面白い話がありまして、眠時間帯の年代による違いはどの文化にも見られ、ワースマンらの研究では平均的な年齢分部の35人の集団であれば、夜間のどの時間でも誰かが起きていることになると結論づけています。

つまり、これは火の番や捕食者から身を守るためにこのように進化した結果であると考えれています。

年齢と共に早起きになることが、遠い祖先に由来しているかと思うと朝からロマンチックな気分に浸れますね。

ノンレム睡眠とレム睡眠の役割

ノンレム睡眠を詳しくみていくと、stage1-2の浅い眠りでは、意識は能動的から受動的な待機状態へ移行し、抗重力筋の緊張が低下~消失しはじめ、同時に血圧と心拍数、呼吸数も低下します。

そして大脳皮質の神経細胞の活動も低下してstage3-4の深い眠りへ移行します。stage3-4では副交感神経の活動が亢進し、呼吸数と血圧、心拍数がさらに低下します。

この状態が神経のリラクセーション状態であり、身体にとって必要な眠りの状態です。

脳波は徐波となり、筋は弛緩するため、いびきが出ることもあります。また、成長ホルモンが大量に分泌され、脳の代謝活動量は最大25~40%まで低下します。

まさに、「寝る子は育つ」状態で、細胞組織の再生、脳の機能維持、メンテナンス、成長、脳の血流維持、グルコース代謝が促進されます。

この状態では睡眠中枢といわれる視床下部の前部、視索前野の活動が亢進しているため、脳が積極的に眠りを創りだしているといえます。

このことから、「睡眠」は脳の機能を維持するために絶対的に必要なものといえると思います。

また、睡眠中は交感神経の緊張がとれて副交感神経が働き、免疫細胞であるヘルパーT細胞やNK細胞の働きが活性化するため、免疫力も高まります。

レム睡眠時では、身体と脳との間の情報交換はシャットアウトされており、覚醒時と同等とそれ以上に大脳皮質だけが活動しています。

特に大脳辺縁系、扁桃体や海馬といった感情や記憶に関する部位の活動が活発化しており、レム睡眠は脳の記憶や学習に関与していると言われています。

簡単にいえば、ノンレム睡眠という深い眠りの間に代謝によって脳のメンテナンスを行い、神経ネットワークを最適な状態に整えて、レム睡眠という浅い眠りのときに記憶を辿りながら、身体に必要な神経ネットワークを再構築しているといえます。

睡眠と覚醒の調整

睡眠と覚醒の調節には1.液性調節と2.生体リズムによる調節があります。

  1. 液性調節
    覚醒-睡眠リズムに連動する内因性ホルモンの代表的なのは以下の3つになります。

    メラトニン
    夜間特異的に分泌される松果体ホルモンであり、生体リズムの調節作用を有します。日中に暴露する光量が多いほど分泌量は増加し、生体リズムを正常化させます。また細胞の抗酸化作用も有しています。

    成長ホルモン
    入眠後第1周期のノンレム睡眠時にあり、睡眠後半では顕著な分泌は見られません。成長ホルモンは骨の成長、組織の修復、代謝の促進などの役割を持ちます。

    コルチゾール
    ストレスに関連する副腎皮質ホルモンで、覚醒が近づく明け方にその分泌のピークがあります。交感神経の働きと共に上昇するため、覚醒⇒行動への準備と考えられています。

  2. 生体リズム
    睡眠-覚醒リズム、体温、血圧、脈拍などの自律神経系、内分泌系、免疫・代謝系などが視床下部の視交叉上核に存在する生体時計によって制御され、昼夜や季節の変化に適応するように調節されています。
    ヒトの生体リズムを決定する最も重要な同調因子はであると考えらえています。

    食事リズムとの関係では、オレキシンという摂食調節作用を有する神経ペプチドが、視床下部外側野に局在して脳の広範な範囲へ投射しており、空腹や情動、体内時計の制御によりオレキシン作動性ニューロンの発火頻度が増加します。

    オレキシンの主な役割は覚醒を促し、維持すること、交感神経を活性化してストレスホルモンの分泌を促し、さらに全身の機能を向上させること、意識を清明にして注意を促すことであり、栄養状態に応じた摂食行動の維持するためにオレキシンによって覚醒がコントロールされています。

    そのため、慢性的な寝不足によるストレスホルモンの上昇はオレキシンの発火頻度を高め、レプチン(脂肪細胞から分泌され食欲を抑制するホルモン)が低下し、グレリン(胃から分泌され食欲を亢進させるホルモン)を上昇させるため、食欲が亢進し、さらに脂肪を分解する働きのある成長ホルモンの分泌が少なくなるため、肥満に繋がります。

    また、肥満の副作用としてストレスホルモンが夜になっても減らないため、睡眠を妨げることになり、睡眠不足と肥満の悪循環が形成されます。

質の良い睡眠とは

疲労回復の観点からみる質の良い睡眠とは、

  1. ノンレム(徐波)睡眠が多いこと

  2. 夜間睡眠中に中途覚醒が少ないこと

  3. 睡眠潜時が短いこと

となります。
これらの良質な睡眠を確保するために科学的に避けるべきこと、推奨される習慣について以下に示します。

良質な睡眠の得るために避けるべきこと

  • 過剰な水分補給
    夕方遅くの過剰な水分補給は睡眠の質の低下につながります。(途中覚   醒)、1日を通した水分補給のバランスが大切になります。

  • 寝る前のアルコール、カフェインの摂取
    血中アルコールの代謝が睡眠周期後半に影響を及ぼし、周期が断続的となって睡眠となり質が低下します。

    カフェインはアデノシンの働きを阻害し、睡眠潜時を長くし、総睡眠時間が短くなる可能性があります。

  • 就寝前にTVやスクリーン装置を消し、スマホの操作を避ける
    交感神経が優位に働き、覚醒しやすくなります。

  • 部屋の電気を明るくして寝ること
    光刺激によりメラトニンの分泌が抑制され、生体リズムが乱れます。

  • 夜遅くの食事
    消化により深部体温が下がりきらずに、眠りが浅くなります。就寝の2時間前までに食事は済ませるようにしましょう。

良質な睡眠を得るために推奨される習慣

  • 夕食にトリプトファン(主にセロトニンに変換される必須アミノ酸)を多く含む食事をとる(牛乳・肉・魚・とり肉・豆類・ナッツ類・チーズ・緑の葉もの野菜など)
    睡眠潜時が40~45%程度短くすることができます。

  • 寝る時間と起きる時間をいつも同じにする
    これにより生体リズムを安定させることができます。

  • 睡眠不足を補うために昼寝をする
    30分以内の適度な睡眠は日中の覚醒レベルの維持に効果的です。

  • 熱めのシャワーやお風呂に入る(就寝の3時間前)
    熱すぎるお風呂は逆に交感神経を高める可能性もあるため、38~42°程度が良いとされています。

  • 就寝前にストレッチや深呼吸
    副交感神経の働きを高めることができます。激しい筋トレは逆に交感神経の高めるため注意が必要です。

  • 朝の光を浴びる(遮光カーテンを避ける)
    セロトニンの分泌を促し、生体リズムを整えます。また朝のセロトニンの分泌が良好だと、14-15時間後にメラトニンが分泌され、眠くなる効果があります。

  • 23時までには就寝する
    成長ホルモンは22ー1時の間に最も分泌されると言われており、骨の成長、組織の修復、代謝の促進には欠かせないものです。

  • 合同睡眠
    誰かと一緒に寝たほうがノンレム睡眠が増えるとの研究もあります。
    元々ヒトは集団で睡眠をする社会的な動物です。
    配偶者がある方が長生きするとの研究もあり、睡眠との関係があるのかもしれません。

まとめ

睡眠は脳の機能維持、身体の免疫応答の維持や疲労の回復のために必要不可欠なものである。

良好な睡眠を得るためには生体リズムを一定に保つことと睡眠前に交感神経を高める活動を避けることが大切となる。

充実した一日を過ごせば、幸せに眠れる
レオナルド・ダ・ヴィンチ(芸術家)

最近はスマホ用のアプリで睡眠リズムを整えてくれるものもありますし、スマートウォッチの機能で睡眠中の酸素飽和度や心拍数の記録や睡眠周期を測ることもできます。

睡眠は決して一様ではなく、人によって必要な睡眠は異なります。
まずはぜひ自分の睡眠習慣について知るところからはじめてみてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。


睡眠を知り、整えるための読書

参考文献
1)長谷川 博:リカバリーの科学 睡眠 P107-117 NAP 2014
2)古池 保雄:基礎からの睡眠医学 4睡眠生理 P30-34 名古屋大学出版会 2010
3)Snyder, F.:Changesin respiration heart rate and systolic bloodpressure in human sleep. Journal Applied Physiology 19: 417-422 1964
4)櫻井 武:睡眠の科学 P14-227ブルーバックス 2010
5)本多和樹:睡眠覚醒の液性調節 医学の歩み Vol.220No4 P275-27820076)塩田 耕平:疲労回復促進と睡眠 体育の科学 Vol.62No.112012
7)高橋康郎:睡眠覚醒サイクルと内分泌機能伊藤正男他編「脳の統御機能1−生体リズム」 P117-144,医歯薬出版
8)ジョンJレイティ:GOWILD野生の体を取り戻せ! NHK出版 P137-164 2014
9)ノーマン・ドイジ:脳はいかに治癒をもたらすか 紀伊國屋書店  2016

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