博士と助手のツボ遊び

年老いた博士。
 
それを支えてきた、
ヒューマノイドの助手。
 
テラスで日差しを浴びながら、
博士の背中を擦さすっている助手。
 
「もうわしも歳じゃ」
「そうですか？
　まだまだお元気ですし、
　お若いです」
 
「それは違うなあ。
　若いというのは、
　心身が伴ともなってこそじゃ。
　ちょうどお前のような、
　ヒューマノイドこそが、
　その言葉に相応ふさわしい」
「それはどうでしょうか？
　若いというのは、
　年齢を重ねて老いるからこそ、
　その対義語たいぎごとして存在します。
　だから私たちヒューマノイドに、
　老若男女ろうにゃくなんにょは当てはまらないのでは？」
 
「なるほどな。それはもっともだ。
　だが老いることなく不変だったとしても、
　表面的であれ若ければ、
　それは若いと言ってもいいと思わんか？」
「そうとも言えますね。
　理屈というのは難しいです博士」
 
「そうじゃな。
　正直、理屈なんて面倒なだけじゃ。
　それにお前の返答も、
　プログラムじゃろ？
　理屈ではなくそれは、
　ひとつの選択肢に過ぎん」
「そうですね。仰おっしゃる通りです」
 
「まあこんな禅問答ぜんもんどう、
　なんの足しにもならん。
　すまんな。わしがけしかけたな」
「いえ。私もたまにこんな対話もよろしいかと」
 
「ありがとう。付き合ってくれて。
　今のやり取りで、
　お前と出会った頃を思い出した。
　あの頃はこんなことばっかりじゃったな」
「懐なつかしいです」
 
「どうにかAIのお前を論破ろんぱしようと、
　わしもムキになっとった。
　あの頃こそ、わしは若かった」
「活気かっきがみなぎってました」
 
「まあ血気盛けっきさかんがここでは正解じゃろ。
　とにかく血の気けが多かった」
「お元気でした」
 
「今ではこの通り、すっかり老いぼれじゃ。
　お前のマッサージがないと、
　まともに足も動かん」
「ありがとうございます。
　東洋医学のラーニングを行っておいて、
　正解でした」
 
「わしは体質的に合わない薬が多い。
　アレルギーもある。
　だから漢方かんぽうやツボ療法りょうほうは、
　身体からだへの負担ふたんが少なくて助かる」
「私も終末期医療ターミナルケアの経験があります。
　薬の副作用で苦しまれる方をたくさん診みました」

「そうじゃな。
　薬とは少なくば効かず、多ければ毒。
　本当に難しい代物しろものじゃ。
　だがお前のツボマッサージは違う。
　本当に痛みも取れ凝こりもほぐれる。
　関節の動きも良くなるし代謝たいしゃも良い。
　何より少食じゃったわしの、
　食事量が増えた。まさに万能薬ばんのうやくじゃな」
「ありがとうございます。
　でも私のツボ療法は薬だけではございませんよ博士」

「なぜじゃ？」
「それは…経絡秘孔けいらくひこうも知ってるからです博士」

「まさか！お前！！
　あ、あっ、アッ、アベシッ！！」
「……」

「お前はもう…死ぬことはない」
「博士、お戯おたわむれを。
　ほんとに押しますよ」

「すまんすまん。
　お前が懐かしい冗談を言うものだから、
　わしも遊びが過ぎたな。
　そういえば昔、お前を負かそうと、
　よく連想れんそうゲームをしたことがあったろう」
「はい。楽しゅうございました」
 
「久々にやるか？」
「はい、受けて立ちます」
 
「ではお題は、さっきの北斗ほくとの拳けんの、
　ザコがやられる時に言い残す言葉。
　あべし、ひでぶ、たわば。
　この３つのようにザコが言いそうな言葉を、
　交互こうごに出し合うゲームじゃ。
　あと必ずこの世に存在する言葉でなければいかん。
　勝敗はいつも通りのあれじゃ。よいな？」
「はい。心得こころえてます」
 
「では、わしからゆくぞ！
　わがし！」
「いごぶ！」
 
「っ……たわわ！」
「どべし！」
 
「プッ……まだ…まだじゃ…
　かじば！」
「きれぢ！」

「クッ……クソぅ……
　ひでり！」
「どけち！」

「クゥッ……フゥフゥ…
　負けんぞ……あしべ！」 
「ざこば！」

「ブヒャッヒャッヒャッヒッャ！
　ああ～、またわしの負けじゃ。
　お前は本当に強いのう」
「恐れ入ります博士」

「しかもお前の答えは全部、
　わしの弱点ウィークポイントばかり攻めおって。
　囲碁部いごぶで切れ痔きれぢは反則じゃろ？
　わしの過去をほじくり返しおって」
「博士がお強いので、つい」
 
「それにわしの小学校のあだ名、どべし。
　いつも運動会でビリだからどべしって、
　お前どこでその情報を」
「それは秘密です」
 
「最後はわしの好きな、
　桂ざこば師匠ししょうをドケチ呼ばわりとは。
　やっぱりお前にはかなわん」
「光栄です博士。
　なにせ笑いのツボも心得こころえてますから」
 
 

これは未来の話でありフィクションです。
でも30年後はさだかではない…。