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理論物理学と実験物理学、あなたはどちらが向いている?ーー東大出身の理学博士が素朴で難しい問いを物理の言葉で語るエッセイ「ミクロコスモスより」㉖

今回は研究&大学院エッセイです🖋

あらゆる科学は、観測事実をもとに仮説を立てて、それを実証ないしは反証することで進歩してきました。リンゴを含め、あらゆるものは手から離すと地面に落ちることから、質量を持つ物体同士は引力を持つという仮説を立て、それが極微な中性子でも巨大な天体でも成り立つことを観測しました。黒体放射のエネルギー分布の長波長側の振る舞いを説明するためには、原子や分子の取り得るエネルギーが飛び飛びである必要がある、という仮説から、光電効果がミリカンにより実証され、量子力学が支持されるようになる一歩となりました。

理論と実験を分ける


このように、実験と理論の両輪で進むのは物理学も一緒ですが、いつしか、別々の研究者がそれぞれ分担して行うようになりました。
かつては、理論と実験を分ける文化はありませんでした。現在でも、独力で行える範囲のことであれば、理論も実験も両方扱う研究者は少なくありません。しかし、素粒子物理学や宇宙物理学のように、実験が大がかりであったり(数千人規模で10年単位で一つの実験をする)、原子核物理学のようにスーパーコンピューターを駆使して複雑な計算をする分野では、一人の研究者が両方を扱うわけにはいかず、理論物理学と実験物理学で分かれるようになりました。

研究者が理論物理学と実験物理学のどちらを選択するかの分かれ目は、大学院に進学し研究室を選ぶタイミングで訪れます。多くの場合は、研究室ごとに実験系・理論系で分かれており、研究室を選択すると自ずとどちらかに決まります。私は実験系の研究室だったので、当然ながら理論系の研究室ではどのような生活を送るのか、想像するしかできませんが、ほとんど研究室に姿を現さず、多くの時間を様々な研究機関に出向いて世界各国の研究者と交流している傾向が多いように思います。


ここからは、これから大学院に進むにあたって、実験系と理論系のどちらに向いているかについて、大幅に偏った視点から選択のポイントを挙げていきます。

【実験系に向いている人の特徴】

① はんだ付けが上手い
結局はこれに尽きます。今の時代、電子回路を扱わない実験系研究室は無いのではないでしょうか。物理では特に装置を自作することが多いので、はんだ付けが下手だとそれだけで時間もお金もロスにつながります。仮にはんだ付けをしないとしても、実験装置を扱う上では何らかの手先の器用さが要求されます。ちなみに私は、慢性的に手が震える(本態性振戦)体質のため、細かい作業は圧倒的に苦手です。

② どちらかというと常識人である
実験はチームプレイです。組織に所属し、自分の役割を果たすには、ある程度の社会常識や社交性が必要です。そして、私を含め、高学歴の人ほど常識に欠けることが多いため、チームワークを成り立たせるのは至難の業です。

③  体力がある
実験はときに、何時間も休憩なしで続いたり、夜を徹して行われたりします。その中でも、正常な判断力を保たなければなりません。また、社会常識の足りない人たちによるチームプレイのため、理不尽なことが多々起こります。体力とともに、精神力も必要です。私は貧相な見た目通り、体力・精神力の無さには定評があります。


【理論系に向いている人の特徴】

①    実験をすることが嫌い
実験なんてボタンを押したりネジを回したりするだけで、無意味で苦痛な時間だ。学生実験でそう思った人は、間違いなく実験系はやめておいた方が良いでしょう。

②  ヨハン・セバスティアン・バッハを愛してやまない
そもそも音楽が好きかどうかはさておき、バッハの音楽のような抽象的な構築物を心から愛せるならば、理論物理学における構造的な美しさを享受できることでしょう。そこには時間やお金といったつまらない足枷は無く、純粋に物理学を研究できる世界が広がっているはずです。

③  できることなら布団の中で仕事をしたい
計算をするならコンピューターがあればできるので、実験系に比べて研究室に出向かなければならない必要性は低くなります。場所や時間に縛られない暮らしが比較的しやすいでしょう。その代わり、様々な研究者と議論を交わしたり、研究会を開催したりするのも理論系の研究の一環なので、社交性が必要ないわけではありません。


いかがでしょうか。現代ではこれまで分離していた物理学の諸分野、さらには他の自然科学の分野との横断的な研究が流行の兆しを見せており、理論・実験という分け方が適切ではなくなる時代が訪れるかもしれません。間違いないのは、時代が進むごとに研究者に求められるスキルが増え、それに応じて役割が細分化されていくということでしょう。


プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)

1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。

7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。

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