栞(しおり):「幼生」の化石から後生動物の発生様式の起源を突き止められるか?

中華人民共和国では、太古の生物の化石が多数発掘されてきた。羽毛恐竜や奇怪な節足動物のみならず、球形の胚の化石までも発見され、その微細構造の解析結果が発表される度に、後生動物の発生様式には、原初より幼生が備わっていた、あるいは、そうではなかったという考察が、更新されてきた。その発見がカンブリア紀の初期のように太古の地層であるほど、その更新には説得力があるものとされてきたようだ。

このような事情もあり、非公式の卒業論文においては、ドナルド・ウィリアムソン博士が取り上げた動物に限り、その存在を紹介してきたが、補遺も含め、動物化石と発生様式の起源との関わりについては、とりあげなかった。

とはいえ、成体や胚の化石ならまだしも、「幼生」として考察される化石の論文は決して多いとはいえないので、栞として紹介したい。本の表紙や本文のページが破損しては書籍として販売できないだろうが、栞が紛失したところで本の価値は損なわれないし、使い古した栞を捨てて新しいものに取り替えても良いだろう、という意味を込めて、「栞」と題した。


中華人民共和国の中国科学院南京地質古生物研究所の研究チームが、2015年にScience Bulletin誌に発表した内容を紹介したい。陕西省のクアンチュアンプ地層のリン酸石灰岩より発掘された化石である。過去の地質学的な知見を踏まえると、この石灰岩の層は約5億3500万年前と推定される。本論文には、発掘した地点の図形と学名登録に用いられたホロタイプおよびパラタイプの電子顕微鏡写真が掲載されている。

学名は、Eolarva kuanchuanpuensisとつけられている。体制は前-後というより頂端-反頂端で分かれている。全体的に、洋梨を逆さにしたような体型をしている。頂端の側には、収縮し陥入してできたような溝があり、この溝近くの外皮からは、いくつもの筋が頂端から反頂端へと広がり、体節のような構造に見える。外皮は全般的に、粒々が見られ、粗い。

この化石を側面から見ると、楕円形をしているが、両側面には三つ叉の構造が左右に一対ずつついており、三つ叉のいずれも短小で末端が尖っている。頂端や両側面の構造は以上のようになっているが、反頂端の領域については化石の保存が悪いのか、詳細な内部構造などは残存しておらず、詳細不明である。

この化石については、ホロタイプは全長1mm、パラタイプは全長330μmと微小である。外皮は硬化されていなかったと見られる。環境が整っていて、柔らかくても十分だったと考えられる。三つ叉の構造については、点滴からの防御や遊泳時の体のバランス保持をしていたのかもしれない。この化石を既知の同時代の動物化石と比較したが、形態的に特徴の一致は見られないことから、新種と考えられた。

この化石については、「幼生」化石ではない複数の可能性についても、考察がなされた。まず、大きな古代生物の一部ではないか、という問いについては、化石の表面が明瞭であることから、大きな生物が分離された断片ではなく独立した生物と考えられた。また、前述の頂端-反頂端の体制に加え、左右相称・三つ叉の棘のような構造から、花ポリプに類似しており、おそらくは刺胞動物の一種ではないか、と考えられた。この化石には口・肛門・海綿動物にあるような水路系が見つからないので、食餌を行わない哺育型(卵黄など体内の栄養分で育つ)の生活環を持っており、前述の特徴より成体や稚体ではなく、食餌を行わない幼生なのだろうと考えられた。

後生動物の幼生を二次幼生・一次幼生と認識する考え方が伝統的にあるが、二次幼生については、該当する脱皮動物や脊索動物のように頭-尾の体制を持たないことから、この「幼生」は二次幼生とは異なると考えられた。一次幼生については、特徴である頂端器官や絨毛帯がないことから、異なるとされた。海綿動物の幼生では今回のような体節のような構造はないので、海綿動物の幼生とも考えられなかった。

カンブリア紀の初期に生きていたとされる、Markuelia(鰓曳動物の一種と考えられる)やOlivooides(ポリプ形成する刺胞動物の一種と考えられる)が発見された頃は、成体の形態が初めに成立し、その後で幼生が発生過程に加わった<発生段階の挿入>が正しいとされてきたが、今回の「幼生」化石は、カンブリア紀の最初期のものであり、報告されている限り最古の「幼生」化石となることから、後生動物が幼生を初めとし成体が後に加わった<終端付加>が正しいとする証拠と考えられる。


以上になる。この「幼生」化石の写真については許可を得ていないため掲載できないが、直感的には、洋梨を逆さにした、というよりは、縮んで深いしわが細かくできたナメクジのように見えたものである。最初に述べた通り、同時期あるいはこれより古い年代の地層で、新たな「幼生」や「成体」または「胚」の微細構造の知見が生まれれば、発生様式の起源についてコペルニクス的転回が生じる。分子系統樹作成のアルゴリズムで新しいものが発明されれば系統樹が様変わりするのも同じことがいえるだろうが、栞を使い古して新しいものに取り替えるように、これからも更新されていくと思う。このようにして、「幼生」化石からは、後生動物の発生様式の起源を突き止めることは、分子系統樹のアルゴリズムや雑種形成実験の結果を統合しない限りは、困難かもしれない。



使用文献

The Oldest known larva ands its implications for the plesiomorphy of metazoan development Huaqiao Zhangら著 Science Bulletin 11 September 2015

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