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「あ、わたし今恋に落ちたんだなって気づいたの」(後編)−沼の話

【7人目】
Mさん(27)

沼と出会ったきっかけ:バー 
沼期間:3年

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いつも沼の横には女の子が


沼にモテ期が来たの。それまで、バーで他の女の子と二人でいることなんてほとんどなかったのに。

一人目は、ボブのふくよかな女子大生。沼に懐いてる感じだった。「あー手おっきい♡」って手を重ね合わせてたり。よく二人で盛り上がってた。常連のみんなで絵しりとりしようっと流れになって、私・沼・その子の順で座ってるのに私を輪にいれてくれないの。

それから、キャバ嬢の女の子。「いるから来いよ」って呼ばれて行ったら二人で飲んでた。そういうことがだんだん増えていったの。私は沼に振られてはいたけど、体の関係はまだあったから、「あいつらはそういうのじゃない」って言われてもモヤモヤした。

私が恋に落ちたあの日みたいな沼の姿

女のカンってさ、当たるよね。ある日、バーで飲んでたら沼がめちゃめちゃきれいな年上のお姉さんを連れてきたの。女子大生とかキャバ嬢とか、バーのお客さんと飲んでるのはよく見かけたけど、女の人を連れてきてるのを初めてみた。

その頃はもう完全に私が沼を追ってる状態だった。身体の関係はあったけど、都合のいい女扱い。そんな矢先に、沼がバーにきれいなお姉さんを連れてきた。その人のこと、本当に好きなんだなって誰が見てもわかるの。沼は身体全部お姉さんに向けて、お姉さんのことをずっと褒めてた。私が恋に落ちた日の、朝方二人で話した時の彼みたいだった。

私、本当にみじめだった。

バーではずっと、「沼にはMちゃん」みたいな、お似合いの二人って空気があったのに、あの日はみんな「沼にはこの人しかいないな」って口を揃えて言ってた。私、本当にみじめだった。バーには人がたくさんいたのに、私はこの世でひとりぼっちだと思った。

胸のざわつきがピークになって、カラオケを歌いながら、意識が完全に二人に向いてた。あの時歌ってた、グレイの「ずっと二人で」は今でもトラウマ。代行待ってる間、深夜の駐車場でずっと一人で泣いてた。

それから、初めて沼に長文の病みLINEを送った。完全にメンヘラになっちゃってた。「あいつはそんなんじゃない」って言われたけど、気に入ってる店に連れて行くって相当だよね。

それでも、頼りにされるのが嬉しくて

それから気まずくなって身体の関係は終わった。でもまだ好きで、そこからはでも、私が必死にしがみついていたの。もうパシリみたいになってた。飲んでるからって夜中に呼び出されて、迎えに行ったりしてた。隣の市まで行ったこともあるよ。でも、飲み屋に迎えに行くと、「こいついい女なんだ〜」ってお店のお客さんとか店員さんに言ってくれるの。頼りにされるのが嬉しくて、「酔ってる沼を介抱する私」が好きだった。

最短で心と体の関係が欲しかった。でも間違えちゃった。


沼のね、お風呂を掃除しちゃったの。仮に付き合ってたとしても、そこまでやられたら嫌だよね。普通に考えたらわかるはずなのに、やっちゃったの。ハイター買って。喜んでもらいたい、喜んでもらいたいってそれだけ考えて。「愛がなんだ」って映画あるでしょ。テルちゃんもお風呂勝手に掃除して追い出されるよね。私みたいでつらかった。見てられなかった。マモちゃんが、年上の片思いしてる人に夢中になるところを目の当たりにしちゃうのも一緒。

彼女でも、嫁でもなんでもなくてお母さんみたいだよね。お風呂掃除しちゃうなんて。初めの頃は、家とかホテル直行なんてしなかった。大事にされてて、恋が始まりそうだったのに、軽い女だと思われちゃった。私は、最短で心と身体の関係がほしかったんだ。でも間違えちゃった。

言葉にしない優しさがたしかにあった

ああでもね、沼との幸せな思い出はいつまでも残ってるんだよ。改まったデートはしなかったけど、泊まった次の日の朝、一緒に買い物に行って、スーパーで沼がタバコを吸ってるのを見るのが好きだったなぁ。

私がこっそりかごに苺を入れたら、「そんなんいれんな〜」っていいながら買ってくれたり。沼の家で私が作った料理をおいしいおいしいって食べてくれるとか。「俺エリンギ焼くのうまいんだ!」って料理してくれた時もあったなぁ。なんだよ、エリンギ焼くのうまいって。一緒にご飯を食べて、ベットに寝転がって腕枕してもらって。沼の体温が伝わる感じとか、私の寝心地が良いようにそっと体の位置を調整してくれたり。言葉にはしない優しさが確かにあった。

恋が終わる音が聞こえた

恋に落ちる音がしたって言ったよね。初めて沼があのきれいなお姉さんといるところを見た時、恋が終わる音も聞こえたんだ。完璧に終わったな、って。座ってる感覚がなくなった。体の感覚がなくなるくらいの衝撃。

沼といる時の私は、すごく沼の目を気にしてた。自分らしくいられないの。全部の動作が、沼のため。甘えてくれることがすごくすごく幸せだった。幸せのハードルが低くなってたんだよね。彼の好きな飲み物を知ってる、癖も知ってる。それだけで十分幸せだったんだ。

「そうだよ!俺はあいつが好きだよ!!」

ある日酔った沼を送ってる時に、体がぶつかっちゃって車の中で沼が怒り出したの。「なんだよ!」って怒鳴って。それで私も怒って、他の女の子たちとの関係を問い詰めたの。そしたら、「あの女は違う、あの女も違う!でもな、そうだよ!俺はあいつが好きだよ!!」って沼がついに認めた。ショックだった。

それで、最後に思い出でいいからって花火大会に一緒に行ったの。その日のために浴衣を着付けて、手を繋いで。「きれいだね」って一緒に花火を見た。それで本当に終わらせた。

数カ月後、沼があの本命のお姉さんと同棲するから引っ越すって風のうわさで聞いた。バーにも二人で挨拶に来たの。花火大会の時に終わらせる覚悟はしてたけど、ほんとに終わるんだなって。そこからだんだん彼はお店にも来なくなった。たまにお店で見かけても、「よぉ」くらい。

輝いていたはずの日々は

それから一年くらいしてね、当時の常連みんなで会うことがあったんだ。そしたら沼とたまに飲んでたキャバ嬢の子に「あたしたち竿姉妹ですか!?」て言われた。「あいつらはそんなんじゃない」とか言ってたけど、やっぱりあの子たちも同時進行だったんだよね。あの頃一緒にいた日々はあんなに輝いてると思ったのに。私は沼にとって複数のうちの一人で、沼はその中で選りすぐった女の子と付き合って結婚するんだよ。

本命の人はね、彼が20代前半のときに焼肉屋でバイトしてた頃の憧れの先輩なんだって。私と出会う前から知り合いだったの。私が沼に恋していたときも、沼の中でもドラマがあったんだよね。

もう迎えになんか行かない

いまでも黒縁メガネが好きで、ギャップに弱い。一時期、入れ墨の男が出てくると漫画ばっかり読んでたなぁ。後遺症は今もある。

でも、今度はね、恋が始まりそうなら、大事に大事に温存してこうって思うの。今は、好きな人に何かお願いされても嫌だって言えるようになった。酔っ払って電話されても、迎えになんか行かない。沼が私を大人にしてくれた、って今は思ってるよ。


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