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真鶴みかん色をあなたに 1

真鶴の海は私を優しく包んでくれている。

花梨は、こんな自分も受け入れてくれている所があるとは2年前には、想像もつかなかった。
そんな温かな居場所があるなんて…

2年前 花梨は東京にいた。
アスファルトに囲まれながら、息することも不自由な毎日。何も感じずに生きる事が、もう、これ以上自分を傷つかずにいられる事だと学んだ。
感情を出したら負けなのだ。
だから、なるべく自分色を消していき、その場の色に馴染めるように、無色透明化していく。

そんな日常がさらに追い討ちをかけた。
重い空気が、日本を、世界をも一変した。
人との距離を保ち、人との接触を無くし、
自宅にいましょう。感染を防ぐために。

上部だけの人間関係が煩わしく思えていたので、最初の頃は、それがありがたく思えていた。
自宅にいるだけで良いのたがら。

ただ、いつしか人と誰も話さない日が続いた。パソコンの向こう側にいる人達が、さらに遠くに思えた。

私はこの地球上に独りなんだと思いしらされる。
私は生きていて良いのだろうか。
そんな問いが、花梨の頭の中によぎる。

花梨の家の窓を開けると、景色は隣りの家しか見えない。閑静な住宅街で静かだが、まるで自分とは別世界の人達がいるようにしか思えない。
子育て中ではないので、回覧板が回ってきてもほとんど見ずに、隣りのドアに置いておく。

職場から近いという理由で決めた部屋だが、もう引越したい気持ちが、引越してから数ヶ月もたたないうちに思い始めていた。ただ結局今年も更新してしまっていた。
テレワークが進むなか、なんとなくの虚無感に襲われる。そして誰とも話さない日々が続く…。

花梨は、昔からそんなに人が好きではない。いや、むしろ怖いと思っていた。
子供の頃から子供が怖い存在だと思っていたし、大人になっても子供の声は嫌いだった。
結婚して、家庭を持ち、家を持ちという、普通の幸せには何故だか、?あまり憧れはなかった。
だけど、都会の片隅で埋もれていくのも違う気がした。

両親は共働きで、いつも鍵っ子の自分は、TVがお友達のように、TVにお守りをしてもらっていたが、そのうちTVもつまらなくなり、空想の世界が、唯一の隠れ家だったのかもしれない。
物語を考えたり、絵を描くことは、花梨にとってオアシスだった。

でも、それも年齢が上がるに連れて、周りの目や、何気ない友人や母親、先生の言葉と共に、好きだった絵も、物語も封印してしまった。
私は絵が下手なんだ、平凡なんだ。

人並みだ。

進学は、美大に進みたかったが、親の離婚も手伝い、短大にした。科目もビジネス学科にして、就職につけるようにと選んだ。

好きかどうかではななく、その仕事ができるかどうか、社会の組織のなかでやっていけるかどうかが基準だった。

結婚も一応チャレンジはしてみようと思ったが、やはり最後に怖気ずき、断ってしまった。
人並みを目指せば目指すほど苦しくなっていく。
花梨は、きづけば、アラフォーの後半に差し掛かかっていた。

祖父の言葉が脳裏に浮かぶ
一度は結婚してみるもんだ。
一度は子供を産んでみるもんだ。

どれも叶えられない自分は、人生の落伍者なんだって、自分を傷つけながら生きてきた。

孤独死

そんな言葉さえも、なぜか身近になっていきそうになった。

このご時世、
仕事があるだけまし…
本当にそうなんだろうか…
私が悩んでいることは、贅沢な悩みなのか。
きっと、ここで命を絶とうとしても、誰も悲しまないのではないだろうか。
花梨はぐるぐると解答が思いつかないまま、答案用紙に白紙の状態でいる気分のまま、憂鬱な日を過ごしてた。

きっと今クリニックに行けば鬱と診断されるのかなぁと、ふと頭をよぎった。

ー海がみたいー

この憂鬱な気分を解消してくれるもの。

それは明らかに、自然な空気のような気がした。

旅行さえもしてはいけない世の中だ。
やはりそれも無理なのか…。

いや、もし今死が訪れるなら、海をみて死にたい。

自殺する前にやりたい事を一つ見つけた気分になった。ただそれだけだった。

どこの海を見に行くか。
海外や沖縄などあまり遠いのも、気分ではない。
だからといって、鎌倉や横浜の海もなんか花梨にとって、少し派手な気がして、気が引けた。

花梨は思い出した。
一度だけ家族で旅行に行った所。
漁港もあり、食事も美味しかったような気がする。でも、派手さがなく、幼い花梨には、少し退屈な感じもした。

昔のアルバムを引っ張り出して見つけた。
ー真鶴ー
そう、真鶴という所だ。
当時、行ったのは漁港から船に乗ったのと、
三ツ石という所だったのは思い出せた。

その後、花梨は、さらに真鶴を詳しく調べていった。移住者を受け入れている所だったり、かなりいろんな年代の人が移住していることもわかり、今度の週末一人で行ってみよう。
とりあえず、真鶴なら日帰りでも可能だ。
旅行ではない、移住の為の下見だ。

花梨は、2時間以上かけて、新幹線ではなく、在来線で行く事にした。都会の街並みが少しずつ変わっていく。東海道線に乗ることも久しぶりのように思えた。こんな世の中のせいか、そんなに人も多くなく、花梨にとっては好都合だった。

もうすぐ真鶴につく。トンネルをすぎて、東海道線から見える景色を眺めながら、花梨は、何故か涙ぐんでいた。相模湾の景色が花梨の傷を暖かく癒してくれていたのかもしれない。


真鶴駅に降りた時に感じたエネルギー、身体全体を包み込むようにして、この場所全体が、ウエルカムしてくれるようにも感じられた。

観光案内所に行くと、自転車の貸し出しやマップを渡され、移住するなら、真鶴出版さんを訪ねると良いと言われた。

港側ではない方を探索するのは初めてだった。
コミュニティ真鶴という場所を訪ねると、上で個展をしていた。昔は、よく絵画展を見に行ってたのに…。個展をしているアーティストの方も、また移住者だった。普段は違う仕事をしながら、週末は作品を手掛けているとの事だった。その人もまた移住先を探すのに、不動産屋ではなく、真鶴出版さんの紹介で家を探せたらしい。
役所に行くと、空き家バンクも始まるらしい。

不思議と真鶴にきて、情報を集めていくと、見ず知らずの人達と会話をしている花梨がそこにいた。何故、真鶴だと会話ができたのか、自ら話せたのか、自分でも不思議だった。
ただ、そのなんとも言えない空気感が、そうさせてくれるような気持ちだ。

役所に行く道すがら、可愛らしいパン屋さんもあり、コーヒー豆屋さんもあり、みんな移住者だった。その間には、昔ながらの喫茶店があり、そこで少し一息ついた。
久しぶりだった。一人で出かけることを何故しなくなったのか。誰か知らない人達の目線を気にするようになったのは、いつ頃からなのか…。
友達といないととか、恋人といないととか、子供といないととか、そんなルールは、勝手に作り出された、勝手な思い込みだ。

そして、真鶴出版さんは、まるで尾道のような、狭い道の先に、素敵な佇まいでそこにあった。

ちょうど、はしもとさんちのグラス展がやっており、それなりに人がいた。そのグラスの製作者さんもご夫婦でやはり移住されてきた方だそうだ。今だけ、ガラスの工房を見せてくれるとのことだった。
個展とは別に、みかんと共にみかんガラスとして、オレンジや黄色のグラスがたくさん置いてあった。

みかん色をイメージして作られたとのこと。
真鶴は、実なる木を植える事を推奨していたり、条例で美の基準があるとのことを、真鶴出版さんのスタッフの方が教えてくれた。

そのみかん色のグラスを手にとると、温かな温もりが伝わってきた。

花梨は、もしかしたら私が欲していたものが、ここにあるかもしれない。
そう直感した。

今まで遮断していた何かが音を立てて崩れ落ちていく。

自分に課していた課題
組織の一員として
社会の一員として
なんとも言えない生ぬるい鎖をみずから締め付けていたこと。

そのグラスを手にとりながら、不意に涙がこぼれていた。
「大丈夫ですか?」
慌てて、涙をぬぐい、笑顔で
「これください」
と花梨は返答した。

工房でご夫婦がガラスの作り方を説明してくれているとのこと。花梨は、真鶴出版から工房まで行った。
ガラス作りは、凄く昔に憧れた記憶を思い出した。こんなにまじかでみられるとは。ガラスが溶けていく瞬間、花梨の中で、さまざまな思いも溶けていくような
気がした。

最後に、ここから見える景色は、最高だよと教えてくれた場所まで歩き、海を眺めた。

花梨が初めて真鶴に惹かれたのは、序章に過ぎなかった。不思議な縁に導かれながら、ここに住むきっかけになったのも運命なのかもしれない。

でも、その日から花梨は変わった。
確実に意識が変わった。

生きる希望
生きる夢ができたのだ。

海が見える部屋に住みたい。 

だったそれだけで、人は変われるのだ。
生きた屍からの卒業だった。
ここから始まるストーリーの幕開けにすぎないのだ。
花梨がここからまもなく海の見える場所に住み、
コンプレックスだった絵を描くことを始めることも、精霊との会話し、絵本を書くことも、

きっと決まった事なのかもしれない。

何ものなんかにならなくても、
有名な人にならなくても
下手でもいい

自分がしたいことをする
自分が住みたい所に住む
こんな単純な事を、何故、現代社会では、
難しいのか…

人はいつでも幸せになれる力があるのに…

その頃の花梨には、まだそれが少しわかり始めた頃だった。

ただ、真鶴のみかんのオレンジの色が夕日の色と重なり暖かく包んでくれていた。

都会の殺風景な部屋の中で、
真鶴のみかん色のグラスが輝いて見えた。

さあ、早くこっちにおいでと呟いているようだった。

そのグラスを使って、海を眺めながら、ナチュラルワインを飲む日がくる日は、そう遠くはなかったからだ。
未来はもう導かれていたのだから…。

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