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営業は「売ろう」としてはいけない

私が営業に行くとき、いつも考えていることがあります。

それは「目の前の人の困りごとを解決しよう」ということです。

「この人は、こういうことに困ってるんだな。じゃあ、うちがこんなことをしてあげれば、きっと『渡りに船』だと思ってもらえるな……」

そんなことを考えながら、いつも営業をしています。

「担当者が」困っていることかどうか

ポイントは「目の前にいる一個人の困りごと」であるかどうかです。

ありがちなのが「会社として」困っていることを解決しようとすること。もちろん、最終的には会社として困っていることを解決したいのですが、それだと提案は通りづらいのが現実です。

そうではなく「担当者が困っていること」「目の前の人が一個人として困っていること」を見つける必要がある。ここが見つかると、ぐんと話は進みやすくなります。

これが多くの会社や自治体と交渉してきた私が感じてきたことです。

「いいですね」と「買います」には距離がある

「こんなサービスがあったらどうですか?」「こんなモノがあると便利じゃないですか?」と聞けば、多くの人が「いいですね!」と答えます。

でも「じゃあ、買います」とはなかなかならない。

「いいですね」と「買います」のあいだには大きな川が流れているのです。

そこで「担当者個人の困りごとは何だろう?」と考えるわけです。

ある人は「忙しすぎる」ということかもしれない。「すぐに結果を出したい」「これをやらないと評価が下がる」といったことかもしれない。

そういった「個人的な困りごと」になると、人は動いてくれます。

人は「自分の売りたいもの」を売ろうとしがちです。ただ、その発想ではなかなかモノは売れません。

人は「困っている」から「解決策」であるモノやサービスを求めるわけです。もし売れないのだとしたら、ようするに「そこにはあまり困っていない」ということなのです。

「何に困っているのか?」に耳を澄ませる

ひとつ事例をご紹介します。

私たちはいま「がん検診や特定健診などの受診率を向上させる事業」を展開しています。

受診率が向上するようなマーケティング施策をご提案し、パンフレットの制作、印刷、発送までを請け負うというものです。

ただこの事業も最初は「コンサルティングモデル」のサービスを提供するつもりでした。自治体に対してノウハウを提供するサービスです。その先の印刷業務などを請け負うつもりはなかったのです。

というのも、印刷業務まで請け負うとものすごく大変なのです。何千万枚という紙を刷って発送する。そこまで行くともう工場みたいなオペレーションが必要になってくる。

だから私たちは「パンフレットはこんなデザインにするといいですよ」「こういう施策をやるといいですよ」とマーケティングのやり方を教えることに徹しよう。そうすればよろこんでもらえるんじゃないかと思ったのです。

しかし結論から言うとぜんぜん売れなかったのです。

なぜ売れなかったのか?

答えはシンプルです。

それは「そんなことには困ってなかったから」なのです。

「マンパワーが足りなくて……」

私たちがコンサルティングのご提案をしても、返ってくる答えはたいていこんな感じでした。

「いいですね。私たちも困ってたんですよ。ただ……マンパワーが足りなくて……なかなか難しいんですよね……」
「素晴らしいですね。ただちょっと時間がなくてですね、やりたいのは山々なのですが……」

返ってくる答えには「マンパワーが足りなくて」「時間がなくて」といったセリフが含まれていました。

私は相手の真意をはかりかねていました。

マンパワーと言っているけれど、真のボトルネックはお金なんじゃないか? 

そう思った私は値段の面で交渉してみました。それでも「いや、マンパワーが……」と言います。

「ならば、そもそもあんまりサービスがピンと来ていなくて、やるつもりがないのかな?」と思ったこともありました。

自分たちが目指してるゴールがあって、そこに対して「いい方法がある」とわかっているのに「マンパワーが足りなくて」というのはおかしいんじゃないか、と思ったからです。

でもいずれも本当の理由ではありませんでした。

「何を言っているか?」より「なぜそう言うのか?」

営業や交渉ごとで大切なポイントがあります。

それは「相手の言葉を鵜呑みにしない」ということです。

多くの人は「お客さんが何を言っているか」に注目します。「予算が足りなくて……」「もっとこういう機能があれば……」といったセリフを聞くと、そのまま受け取ってしまう。

でも本来考えるべきは「なぜそう言うのか?」ということです。

「この人は『機能』のことを言っているけれど、本当は『予算』が問題なのかもしれない」「この人は『人手が足りない』と言っているけれど、本当はただ『サービスをいいと思っていない』だけかもしれない」

そうやって「なぜ」を追求していくと、相手の真意が見えてきます。

今回も私は「なぜこんな断り文句を言うのだろう?」と考えてみました。なぜ「マンパワー」などということを言うのだろう……? お金の問題だろうか? やる気の問題だろうか?

……やがて見えてきた真の理由。それは本当に「マンパワー」だったのです。

相手には相手の事情がある

私たちの主なお客さんである「自治体」は、模範的な働き方をしなくてはいけません。当然、労基法に則っている必要があります。

たとえば12時から13時のあいだはお昼休憩をとる必要があります。

この時間に市役所に行くと、窓口には電気がついているけれど奥のほうは全部消えているのを目にしたりします。それはお昼休憩だからです。

有給休暇もちゃんと消化しなければいけません。

私が訪問すると「今日は〇〇さん、お休みをいただいていて」とよく言われていました。「なんでそんなに休むんだろう?」と思っていたのですが、そういう決まりだからなのです。

残業規制だってすごく厳しい。

「仕事が残ってるからちょっと残業しよう」といった民間企業のような考え方は通用しません。本当に限られた時間の中で仕事をしないといけない。

そういったプレッシャーのなかで働いている方たちに、私たちが「いい方法を教えます。あとはあなたがやってください」というのは、迷惑以外のなにものでもなかったわけです。

困っているのは本当に「マンパワー」だった

限られた時間のなかで働かないといけない。だから、いくら効果が出るとしてもこれ以上仕事を増やすことはできない。

しかし逆に言えば、そこに「アウトソーシング」というニーズがあることがわかりました。

「ならば、そのマンパワーの部分も私たちが請け負おう」

私たちはサービス内容に「パンフレットなどの制作・印刷・発送業務」も追加しました。

するとどんどん注文がもらえるようになったのです。

私たちは言いました。

「こういうマーケティングをやると受診率は向上します。ただ、こういう作業が発生します。でも大丈夫です。私たちがやりますので!」

すると「いやあ、これは渡りに船です! ありがとうございます!」と言っていただけるようになりました。

自治体としては受診率に困っていたけれど、担当者が本当に困っていたのは「限られたマンパワーの中で受診率を上げること」。ここにはめちゃくちゃ困っていたわけです。

「マンパワーが足りない」という担当者個人の困りごとを解決することで、結果的にサービスを導入してもらえますし、ひいては受診率も上がって住民も健康になります。

私たちも、自治体も、住民も、「全員ハッピー」になるというわけです。

P&Gのトップ営業マン

これは前職であるP&Gのトップ営業マンの話です。

彼も「困りごとを解決するプロフェッショナル」でした。

彼の営業に同行して、驚いたことがあります。

そのときに売っていたのは「シャンプーとコンディショナーのセット」。セットになると、ちょっと安くなるという商品。

彼は駅前のドラッグストアに着くと、いきなり商談はせずに、店長さんの話を聞き始めました。

「どうですか、最近?」

「いやあ、これまでは売上を上げていればよかったんだけどね、最近は本部から利益率を重視しろ、って言われるんですよ」

「利益率ですか……」

「だから、あんまり安売りばっかりするなって言われてましてね」

店長さんの話がしばらく続いたあと、最後に営業の彼はこう言いました。

「それは大変ですよね。今回お持ちしたシャンプーとコンディショナーのセットは安いぶんたくさん売れます。『利益率』も大事ですが、やっぱり『利益額』も大切だと思うんですよね」

すると「うーん、まあそれもそうだね。じゃあ、30ケースもらっておくよ」という話になり、あっさり商談が成立したのです。

困りごとを解決すれば、勝手に売れる

彼は次に大型ショッピングセンター内のドラッグストアに行きました。

そして、そこの売り場のマネージャーの話を聞き始めました。

「どうですか、最近?」

「いやあ、駅前のドラッグストアがすごい勢いなんだよね。若い人全部とられちゃって、まいっちゃったよ〜」

ひととおり近況を聞くと、彼はこう言いました。

「実はこのシャンプーとコンディショナーのセット、若い人にすごく人気なんですよね」

するとまたもやあっけなく商談は成立したのです。

私は驚きました。

トップ営業マンなので、ものすごいマシンガントークをするのかなと思っていたんです。でも、彼はほとんど話さない。ずーっと相手の話を聞いて「なるほどなるほど」と言っているわけです。そして最後に「それにお困りなら、こちらはどうでしょうか?」と言うだけ。

すると、なぜかあっさり商談はうまくいくのです。

その様子を間近で見て、私は「相手が何に困っているのかもわからずに、何かを売ろうとしても売れるわけないよな」と思いました。

このトップ営業マンがスゴいのは「ひとつの商材で2人の異なった困りごとを解決してしまった」ということです。

商談の席で「この商品はこんなに魅力的なんです!」「これをぜひ買ってください!」とまくしたててもなかなかうまくいきません。

そうではなく、徹底して相手の話を聞くこと。そのなかで「困りごと」を見つけること。そして、その解決策を提案すれば自動的に営業はうまくいく。

あの日、トップ営業マンにそう気付かされたのです。

「売ろう」とするのではなく「相手は何に困っているか?」を突き止める。そして、それを解決しようとする。そこに集中していれば、自ずと提案は通り、結果的に「売れる」ことになるはずです。

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