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ガラパゴス諸島の謎 ⑶

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ダーウィンを超えて

ダーウィンを超えて』とは、1978年、当時、異色の対談シリーズ本として刊行されていたレクチュア・ブックスのひとつのタイトルである。

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レクチュア・ブックス

思えば、このレクチュア・ブックスは画期的な叢書だった。何と言っても、そのタイトルが振るっていた。そして対談者の組み合わせの妙。きっと当時の編集者たちの文学的センスが優れていたのだろう。そしてこんな本が売れたということは、知性に対して十分なリスペクトが示されていた時代でもあったということである。

思い出すままに列挙してみると、
『魂にメスはいらない』[ユング心理学講義] (河合隼雄+谷川俊太郎)
『哺育器の中の大人』[精神分析講義](岸田秀+伊丹十三)
『音を視る、時を聴く』[哲学講義] (大森荘蔵+坂本龍一)
『君は弥生人か縄文人か』[梅原日本学講義](梅原猛+中上健次)

いずれも実に気の利いた、キャッチーなタイトルではないか。

さて、『ダーウィンを超えて』は、生物学者の今西錦司と評論家の吉本隆明の対論が収録されていた。章立ては、第一講:ダーウィン、第二講:今西進化論、第三講:マルクスとエンゲルス、第四講:今西進化論(続)となっている。

ちょうど、京都大学に入学したばかりの私は夢中になって読んだ。今西錦司は、京都大学の大先輩。フィールドに出ることと自然観察を重視する生物学を主導し、新・京都学派を打ち立てた。日本のサル学を開き、幾多の後進を育てた。世界各地に探検隊を派遣し、自らも山に登り続けた。京都の街を流れる鴨川に通い詰めてカゲロウの生態を詳細に解析し、独自の棲み分け理論を作った。その蓄積を背景に、彼は、ダーウィンの進化論、つまり突然変異と自然選択だけによって生物が多様性を獲得してきたというセオリーに、“不承服”を申し立てた。その言明の書が、戦前に「遺書のつもりで書いた」という有名な『生物の世界』であり、それをわかりやすく敷衍したのが、この『ダーウィンを超えて』であるはずだった。しかし、私は、夢中になって読んだものの、今西進化論の話法が独特すぎてほとんどきちんと理解できなかった。特に、今西進化論の核心部分であるところの、進化の動因が、種は「変わるべくして変わる」とする主張がどうしてもすんなりと飲み込めなかった。当時、私たちが学んでいた分子生物学では、遺伝子上の偶発的に起きたランダムな突然変異だけが、生物を変える動因であり、環境による自然選択が突然変異の中から適応的な変化を選抜する、と説明していた。それ以外に、生物の進化を合理的に説明するセオリーはなかった。そしてこれこそが、ダーウィンの進化論なのだ。だから、「変わるべくして変わる」と言っても、そのメカニズムが、何らかの対案として、遺伝子の突然変異と同じ程度の解像度をもって説明されないかぎり、ダーウィンを“超える”ことにはならないはずだ。そこが、わからないことの不満原因だった。

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ガラパゴス諸島を探検したダーウィンの航路を忠実にたどる旅をしたい、という私の生涯の夢がついに実現しました。実際に行ってみると、ガラパゴスは…

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