レンズの焦点―捨てる神あれば、拾う神あり③
10年以上も前のこと。神保町の三省堂書店の裏手に、まだ昭和の面影が残る仕舞屋がそこだけ取り残された一角があった。その一軒が古風なバーに改装されていた。バーの名前は「人魚の嘆き」。谷崎潤一郎の短編小説のタイトルを掲げたことからもわかるとおり、ここは作家や編集者、出版関係の人たちが集まる、いわゆる文壇バーになっていた。引き戸の向こうは、すぐに狭いL字型のカウンターになっていて、いつ覗いても客がひしめきあっていた。つまり、家に帰りたくないか、帰っても居場所のない男たちのたまり場にな