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介護福祉タクシーに未来はあるか(2) ~福興舎が3年間、体感・見聞してきた事業環境を分析する~

 前回の「介護タクシーに未来はあるか(1)」において、介護福祉タクシーが「必要とされているのに、増えない、続かない」という、大いなる矛盾を抱えている現状について述べさせていただきました。
 今回は、わが社・福興舎(ふっこう福祉タクシー)が開業から3年を経過し、これまで体感・見聞してきた経験から、その現状をさらに深く掘り下げていきます。またしばしお付き合いのほど、お願いします。

事業環境は最悪。介護福祉タクシーへの安易な参入は、やめた方がいい
 過去、わが社・福興舎に「介護福祉タクシーの仕事を始めたいのですが」と相談にいらした方がおります。私は事業環境について縷々説明したうえで、決まって応えます。 
「いまの事業環境は最悪です。それを本腰を入れて改善しようという意思が持てなければ、新規参入はやめた方がいいです」「それでも『改善に取り組みたい』とおっしゃるなら、一緒にやりましょう。アイディアをお持ちになって、またぜひいらしてください」
・・・今のところ、二度足を運ばれた方は、誰もおりません。
 誤解していただきたくないのですが、これは脅しでもハッタリでもありません。高齢化社会が進み、お客さんは溢れるほどいるだろう…そんな安易で単純な考えで参入したところで、決してうまくはいかないのが現実です。
 では、現在わが社を取り巻く「最悪の事業環境」とは、一体どのようなものか、また、お客さんの傾向はどのようなものか。具体的に説明していきましょう。

利用目的と時間で、極端に偏在する需要構造
 病院の待合室は、高齢者の暇つぶしや憩いの場…そんなことを言われたのは、高齢者医療費が一時的に無料になった1970年代頃の話。今は、どの病院に顔を出しても、激しく混雑する待合室で、いつ呼ばれるとも分からない診察の順番を、じっと耐えて待っている高齢者や付添家族の姿ばかりです。
 現状、介護福祉タクシーの需要のほとんど(わが社では、少なくとも9割超)は、そうした通院の高齢者からのものです。病院には通わなければならない。しかし、ご自身で立ったり歩いたりができず、自家用車や電車・バス・一般タクシーなどの乗り降りもできない、あるいは車いすを手放せない。そんな方々にとって、我々介護福祉タクシーが最後の頼みの綱となります。
  それでは、介護福祉タクシーでの通院送迎は、どのような状況になっているのか。まずは下図をご覧ください。

介護福祉タクシーに未来はあるか(1枚目)

 一般的な病院の診察・診療開始時間帯は、平日午前8~10時台ですが、まず、ここに通院・病院入り等の送迎需要が集中して予約申込が殺到してしまい、周囲の同業者にも空車が無い、極端な配車不足に陥るケースがあとを絶ちません。わが社では、この時間帯を「介護福祉タクシーの『魔の時間帯』」と呼んでいます。

 また、通院のお客さまは、帰りの足の確保を確実にするため、行き・帰りをセットでご予約するケースが大半ですが、お客さまの診察・診療がいつ終わり、いつ迎えに行けばよいのか、全く見通しが立たないことも多く、10時台からお昼頃まで「お帰り待ち」で予約申込を受けられない空白の時間ができてしまうこともあります。これらの状況から、日々、効率的な運行スケジュールを組むのは至難の業です。

 わが社では、これらが原因で、ご乗車ができなかったお客さまが増え、月間の最大失注件数が、全予約申込件数の4割超に達したこともありました。

 一方、お客さまにとっては、介護福祉タクシーを利用したい時間帯に利用できず、多くの事業者に電話をかけて空車を捜すなど、多大なストレスとなっているのです。

 このように、高齢者の通院送迎という利用目的に依存し、かつ、時間帯で極端に偏在する介護福祉タクシーの需要構造は、供給とのミスマッチが慢性化し、事業環境を悪化させる一因となっています。

「回転効率で稼ぐ」タクシーの運賃システムの中で、効率の低さは致命的
 介護福祉タクシーの運賃も、一般タクシーと同じく、運輸当局の認可に基づいており、小型車(普通車)、大型車等、車両サイズや定員に基づき、一般タクシーと全く同一の運賃が設定されています。介護福祉タクシーはこれに加えて、乗降りの介助作業、車いすやストレッチャーなどの用具貸出などで、作業料金や手数料を運賃に上乗せしています。

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 一般タクシーは、鉄道駅の前、繁華街、大型店、催事会場など、お客さんのいそうなところを狙って車を走らせ、限られた時間の中で、できるだけ多くのお客さんを運ぶ。深夜の繁華街では、電車やバスに乗れなかった酔客を次々乗せ「深夜2割増運賃」で稼ぐ。そうした「回転効率」を狙い、より多くの売上を得ようとしています。

 昨年(2019年)、ある女優さんが「車いすの家族をタクシーに乗せようとしたら、乗車拒否された」と不満を訴え、話題になりました。また、最近普及しつつある、車いすでも乗車可能と謳った「ユニバーサルデザインタクシー(UDタクシー)」でさえも、車いすの方が乗車拒否を受けた事例が報道されています。

 一般タクシーのドライバーが、車いすの方に対する接遇・介助の技術を持っているとは限らないことも理由のひとつですが、乗り降りに時間のかかるお客さまは「回転効率が落ちる」と敬遠されがちなことも、背景としてあります。また「障害者手帳を持つ方は運賃1割引」という制度がありますが、その1割引分、売上補填は全くなく「手間はかかる、回転効率は低い、売上は落ちる」では、ドライバーは嫌気が差し、乗車していただく気持ちが沸いてこない…実に嘆かわしいことですが、これもまた現実です。

介護福祉タクシーに未来はあるか(2枚目)

 一方、介護福祉タクシーはどうか。ご乗車できるお客さまは「単独での外出が困難な方限定」となります。すなわち、ご高齢の方、障碍者の方、車いすをご利用の方など、乗り降りに時間がかかり、一般タクシーが敬遠しがちなお客さまが100%。言葉が適切でないことは承知の上で申し上げますと「回転効率の低いお客さま『だけ』」が対象となります。さらに付け加えますと、道端で手を挙げてタクシーを拾う方をお乗せする「流し」は禁止されており、全て電話等での事前予約でしか、ご乗車できません。
 そうなりますと、一日の限られた時間の中で、運行ができる便数、ご乗車できるお客さまの総数は当然限られてきますし、運賃に作業料金や手数料を上乗せしたとしても、売上高は限られてしまいます。また「障害者手帳の1割引運賃」をご利用の方も自然と多くなり、その1割引分、もちろん売上補填などはありません。さらに「2割増運賃」の深夜需要もほとんどありません(わが社・福興舎は、3年間運行してきて、深夜割増時間帯のお客さまは、全くのゼロです)

 冒頭で「運賃は運輸当局の認可に基づく」と述べましたが、その内容、実は「○○県タクシー協会」など、地域の一般タクシー団体の、運輸当局への申し入れに基づき決まります。一方、介護福祉タクシーは、そうした地域団体を持たないか、あっても少数のグループにとどまっており、運賃の決定権を持っていません。
 事実上、回転効率で稼ぐ一般タクシーが決定権を握る運賃体系の下で、効率の低い介護福祉タクシーが稼げるのか?答えはもう明白でしょう。

 なお、介護福祉タクシー業界団体(全国組織)の中には「介護福祉タクシーの運賃は、一般タクシーと異なる別体系にすべきだ」として、国土交通省へ陳情する動きがありますが、実現のめどは全く立っていません。

【次回予告】事業環境改善に向けた提言など
 以上、介護福祉タクシーを取り巻く事業環境について、述べさせていただきました。実は、まだまだ述べておきたいことが山ほどありますが、環境の悪さばかり嘆いても仕方ありません。
 次回は、事業環境改善に向けて、わが社・福興舎が取り組んできたことや、業界全体に向けた前向きな提言などについて触れ「介護福祉タクシーに未来はあるか」という問いへの結論をまとめていきます。

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