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【永井博×復刊ドットコム】作品集制作の裏側

 不朽の名盤『A LONG VACATION』(大瀧詠一)のジャケットワークを始め、数々のレコードジャケットや広告などで、1970年代から活躍を続ける人気イラストレーター・永井博。アメリカの西海岸を思わせる爽やかで開放的な空気感の風景、クリアで鮮やかな色調、そして、どこか「懐かしさ」を感じさせるイラストレーションは、長年にわたり多くの人々を魅了し続けている。

永井氏と復刊ドットコムとの関係は、2017年に『Time goes by…』を復刊したことに始まる。同書は2009年にぶんか社から出版された同名の作品集を文字通り復刊したもので、これまでに10版を重ね、その人気は今なお高まるばかりである。

さらに、永井氏は2020年から2023年現在にいたるまで、毎年新たな作品集を刊行しているが、それらはいずれも復刊ドットコムからの出版だ。

本記事では、永井氏がいかにして作品集を編んでいるのか、その経緯なども交えながら紐解いていく。取材時には、「そういうことなら編集者さんに聞いてよ(笑)」と話していた永井氏だったが、インタビューを終えてみれば、作品集に対する思いを窺い知る上で、貴重な話を聞くことができたように思う。

読者の方々にとっては、これまであまり表に出ることのなかった、永井氏の作品集づくりの裏側を垣間見る機会となるはずだ。

『Time goes by…』の復刊と、新たな作品集の出版
 

2017年に復刊された『Time goes by…』

『Time goes by…』復刊が実現したのは、2017年。当時、ぶんか社から出版されていた旧版の古書価格は5万円台〜と高騰していた。旧版は初版で数千部という、イラストレーターの作品集としては異例の部数が出版されていたというが、それでも年を経るごとに増えるファンの手元に届くには足りなかったということだろう。永井氏は「その当時の値段には驚いたよね。自分のところに『本が手に入りません』ってメールが来たこともあったよ」と振り返る。

実は、同書を復刊しようという企画は、代官山蔦屋書店の一コンシェルジュの熱意からはじまっている。それゆえに、復刊時には同書店でのイベントに永井氏が登壇したこともあったが、来場客の列はイベントスペースの階下にまで及んだという。

その後、『Time goes by…』の復刊を皮切りに、新刊の出版も、復刊ドットコムを通じて行うようになった。数ある出版社の中でも復刊ドットコムから出版しているのはなぜだろうか。その一つの答えは、永井氏が美意識として求める造本や、本の体裁にどこまで寄り添うことができるか、という部分にある。

永井:「『Time goes by…』を復刊してから、実は別の出版社とも作品集を作る話が進んでいたんだよね。でも、自分や、一緒にやっていたデザイナーが求める本の形が実現しそうになかった。ハードカバーにしたいとか、判型とかね」

書店での販売を念頭に置いたとき、永井氏が理想とする「本の形」と、出版社や書店が一般的に取り扱いやすい「本の形」との歩み寄りが求められる。その点、復刊ドットコムでは先述の蔦屋書店との連携や自社でのWEB販売など、永井氏の要望にできる限り応えられるバックグラウンドがあった。こうした経緯を経て、永井氏は復刊ドットコムにて続々と作品集を出版していくこととなったのである。

作品集を編む

◎作品を選び、並べる

 永井氏が制作してきた作品数は数百枚では収まりきらない。自宅兼アトリエの本棚には、これまでの作品のポジフィルム(※原画を複写したフィルム。スライドフィルム、リバーサルフィルムと同義)を収めたファイルが何冊も並んでいた。掲載する作品選びには、さぞかし時間がかかるだろうと思い尋ねたが、返ってきた答えは意外なものだった。

永井:「最初に大雑把に選んでデザイナーに渡して、レイアウトを決めてもらう。ちょっと変だなと思うところには口を挟むけど、そのくらい」

実際、デザイナーや編集者との信頼関係のもと、作品選びや掲載順については任せている部分も多いようだ。とはいえ、次に永井氏の口をついて出た言葉には、作品集へのこだわりがにじむ。

永井:「自分はDJをやるんだけど、その時も、最初からうるさい音ではじめずに、スローな音からはじめる。そこからピッチを上げて盛り上げていって、最後にはまたスローダウンしていくんだけど、絵も音楽も同じだと思うんだよね。物語を作るように繋げていく」

例えば、季節や時間の流れ。1枚ずつ独立していたイラストレーションが、作品集という一連の”物語”に調和することで、また新たな響きを生み出している。永井氏の作品を味わう上で、注目すべき点と言えるだろう。

◎テキストは、少なく

 永井氏の作品集には、ほとんど文字がない。ファンとしては、永井氏がどのようなことを考え、描いているかを知りたい気持ちもあるだろう。だが、永井氏自身の言葉は『Time goes by…』の巻末にあるのみだ。

永井:「あんまり文章はいらないなと思って。絵のタイトルも付けてない。まあ、クライアントに頼まれて書いたイラストレーションにはタイトルがないんだけど。あとは、言葉にならない部分を絵にしているからね。昔よく言っていたのは、言葉にできるなら小説家になれてるよってこと(笑)。この間、YouTubeで現代アートの作家が絵について語っているのを見たけど、ちょっと語りすぎているように感じたね」

確立された作風を貫き、時代の波を乗りこなしてきた永井氏の作品は、多くを語らずとも人々を惹きつける力がある。永井氏が生み出す世界観の中で、作品の解釈は、見る人の想像力に一任されているのだ。

◎判型へのこだわり

 イラストレーターとして確固たる地位を築いた永井氏だが、そもそもイラストレーションを描き始めたきっかけがレコードを買う金欲しさだったというのは多くの人が知るところだ。DJとしても活躍する永井氏にとって、音楽は切っても切れない関係にある。作品集の判型(※本の形)は、まさに音楽との繋がりを表現するものの一つだ。

永井:「(本の判型は)レコード盤と同じ大きさ、ということをいつも考えてる。LPサイズ、7インチ、10インチ…ってね」

永井氏の作品集の一部。右側4点は、アナログレコード7インチサイズ。
左は、代表作でもある絵本『A LONG VACATION』の判型と同じだ。

一般的な本の規格から外れれば、その分制作コストがかかる。だが、担当の編集者も、永井氏と音楽との関係を深く理解し、受け止めているからこそ、サポートは惜しまない。作品を収める「本」そのものの造形にまでも、永井氏のクリエイティブは宿っているのだ。

『THE JOURNEY BEGINS』

 永井氏の最新の作品集は2023年に発売されたベスト版『THE JOURNEY BEGINS』である。「旅」の名を冠した作品集には、永井氏の初期の作品から現在までの作品が満遍なく集められ、永井氏のこれまでの旅路を思わせる。

前回のベスト版とも言える『Time goes by…』からおよそ15年、この間に永井氏のイラストレーションはより広く世の中に浸透した。『A LONG VACATION』で一世を風靡して以来、コンスタントに仕事をこなしてきた永井氏だが、ここ数年の活躍は特に目覚ましい。数々の展示会をはじめ、ユニクロのUTコラボなど、仕事の依頼はひっきりなしの状態だ。作品制作の上では何か変化はあったのだろうか。

永井:「よりアートに近づこうとしてるよね。昔よりは説明的でないような絵にしようとしている。イラストレーションは、クライアントがこういう風に描いてくれってものだから、割と説明的なんだよね。イラストレーションでなくアートっていうのは、自分が描きたいものを描いているってことかな。テーマとしては、昔からあまりずれないね。自分の好きな時代、1960年代とか70年代の風景が写っている資料とかを見ていると、また新しい発見があって、そこからまた突き詰めて描いている」

『THE JOURNEY BEGINS』P2.3 『A LONG VACATION』で有名な作品。
初期の作品に位置づけられる。
『THE JOURNEY BEGINS』P4.5 建造物がテーマの作品集『TROPICAL MODERN』の表紙になった作品で、比較的最近描かれたもの。

永井:「自分の絵はどれが古くて、どれが新しいのかよくわからないとよく言われる。もちろんタッチで見ればわかるんだけど、描いているものが一緒だからね。『THE JOURNEY BEGINS』も40年前の絵と最近の絵が入り混じっているけど、それでも絵の流れとしてはずれないよね」

永井氏の作品に描かれるテーマは初期の頃から一貫しており、その作風も確立されたものだ。それでも、それぞれの作品を見比べてみると、描かれた時代ごとに微妙な違いを感じることができる。クライアントから求められる多数の仕事を経て、イラストレーションからアートへと昇華していった過程を推察してみるのも、一つの楽しみ方として興味深い。

インタビューの最後に、作品集を出すことについて、率直な思いを尋ねた。

永井:「本ができるってことは、やっぱりすごく嬉しいですよ。絵を描く人は誰だってみんな本を作りたいと思う。それを自分は自由にやらせてもらっているから、嬉しいです」

永井氏の次なる作品集の企画も鋭意進行中だ。これまで、夜景、プール、旅と車、人々…ときて、今度のテーマは「パーム・トゥリー」を予定している。

もうおじいちゃんだよ、と笑いながら話す永井氏だったが、イラストレーションや作品集の制作意欲は止まることを知らない。永井氏の旅はこれからも続く。

2023年4月某日 永井氏の自宅兼アトリエにて。最新刊『THE JOURNEY BEGINS』とともに。

■永井博(ながい ひろし)
1947年12月22日、徳島市生まれ。
グラフィックデザイナーを経て、1976年よりイラストレーターとして活躍。
大滝詠一の「A LONG VACATION」「NIAGARA SONG BOOK」などのレコードジャケットや広告ビジュアルは、今もなお語り継がれているほか、現在も幅広く愛される普遍的な作品を生み出している。DJ・音楽評論など、多岐にわたる活動も展開。

■永井博 作品集一覧(復刊ドットコム 刊行)※出版年順
『Time goes by…』(2017)
『NITEFLYTE』(2020)
『POOLS』『CRUSIN'』『HUMAN NATURE』(2021)
『TROPICAL MODERN』(2022)
『THE JOURNEY BEGINS』(2023)


■聞き手・文
Akari Miyama

元復刊ドットコム社員で、現在はフリーランスとして、物事の〈奥行き〉を〈奥ゆかしく〉伝えることをミッションとし、執筆・企画の両面から活動しています。いつか自分の言葉を本に乗せ、誰かの一生に寄り添う本を次の世代に送り出すことが夢。
https://okuyuki.info/
Instagram:@okuyuki_info

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