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いつか本当の友達に戻ろう

女は恋をすると上書き保存をするという。
本当にその通りだと思う。
だからといって、過去の恋愛を全て忘れたわけではない。
元彼の中には人間として好きには変わりないので、もう親友のようになった人も何人かいるし、勿論、魔法にかかってたかのように、なんで好きだったのだ?と理解に苦しむ相手も残念ながら稀にいる事は確かだ。
本当に愛したり恋した相手の中には、きっとあの時の気持ち、あの時が本当に人生で人の事を好きになったんだろうな、と思う事もあって、だからといって、その人がその気持ちがずっと忘れられないわけでもなく、過去の気持ちとして清算できていて、「忘れられない恋物語」として深く刻まれているだけなんだと思う。

過去に恋愛をした、ある人のことを、数年経って、もう忘れた頃に、何度も何度も色んな人から、
「ねえ、結局、あいつとフキちゃんは付き合ってたの?」
と聞かれる事がある。
たいして会ってもない時期に
「〇〇と付き合ってるんだってね!お似合いだと思う!おめでとう!」
とまで言われた事もある。火のないところに煙は立たずというが、いつの火事の話をしておるのだ!?となるのだ。
「付き合ってないよ。誰に聞いたの?」
と言い、
「本人かな?」
「□さんが言ってたよ!」
なんて言われながら、本人が言ってたと言われた時には、なんで本人が言うんだ!?何を言ってるのだ!?どういうつもりだ!?なんて、グルグル思いながら、ドギマギするのだ。
不倫したわけでもないし、不誠実な事は何もしていないのに。
ただ、お互いが近すぎただけ。
親友だと思ってる仲だったから、なんと答えるのが正解かわからず、相手に迷惑をかけまいと、その度に、私は固まるのだ。笑
そのくらい淡くて切なくて、お互い沢山泣いた恋愛だったから。
だから私たちに限らず、私が知る限りでも実は色んなところで、それぞれ色んな事が起きていて、疎遠になったり友達の為に怒ったり泣いたりしたり、きっと家族みたいな感覚で、それぞれの関係があって、それぞれが付き合ってて、他人より遠くなる瞬間もあって、ある意味混沌としてしまっていたのかもしれない。
そして、また巡り巡って、それぞれの時効がきて、新たな再会なんかがあって、答え合わせのようにパンドラの箱が開かれたりして聞きたくても聞けなかったこと、言いたくても言えなかったこと、修復の時がきているのかもしれない。

色々誰かに気を遣って、第三者から罵倒されたり邪魔をされたりしながら、そんなにも苦しい思いをして、結果、思いを押し殺して、お互い相手も作らず何年もモヤモヤして、でも巷では付き合ってると噂になっていて勝手に喜ばれていたり、そう思い込んでる人がいたっていう事実を後から知らされた自分にとっては、だったらあんな酷いことまで言われるくらいなら、結果賛否両論あったのだから、誰に何を言われようが気にせず、気持ちに素直に付き合ってたら良かったじゃん、なんて思ったり…
でも、もうそうなる事はないんだけれどね。笑

今思い返すと、お互いの誕生日は何かしらのハプニングが起きがちだった。
なんて残酷な事をするんだ、と思って最後、
「何がしたいの?どうなりたいの?」
と私が言うと
「友達になりたい」
と彼が言った。
今思うと、自分だけが友達にしかなれないんだと思っていて、彼の中ではずっと友達以上恋人未満だったのかもしれない。
だからその言葉に違和感を感じて、
「友達になろうとしないのはアナタじゃない!?」
それが私が最後に言えるメッセージだった。
そして、無視をして、いても見えないフリを意図的にする事で、私が友達だったらしない事をした。
意識しすぎてか、なんかあったの丸出しダダ漏れの、友達だったら普通に出来ることをしなかった彼に、彼が今までしてきた事を、私が意図的に継続することで、その真意を伝えたかったからだ。
本当に友達になりたかったら普通に接してよ、前みたいに、誰にも気づかれないようにしてよ、って。
半年経って、普通に接した時の彼の安心した晴れやかな顔は今でも覚えている。
その後、程なくして、私にちゃんと好きな人ができた。もうそこからは上書き保存の始まりだ。
恋愛相談もして、彼氏できたと浮かれた。そして別れた。笑
月日が経ち、彼にも相手ができて結婚もしたみたいだけど、彼は私には何も言わない。
私達、かつては親友じゃなかったっけ?笑

自分がいる環境上、言葉だったりアカデミックだったりカルチャー的だったりの経験やものをプレゼントされることが多い。
だからこそ、とびっきり甘くてロマンティックな経験もあれば、とんでもなく辛辣な言葉も受け止めてきた。
きっと誰にでも「思い出の曲」というものはあると思うのだけど、思いっきり自分の事を言ってる曲とか声が流れてくると、ダイレクトすぎて、いきなり街中でパンチを喰らった気分になる。
相手への思いが残ってるわけではないのに、感情が揺さぶられるというか、鮮明にその時の事が蘇ってくるからだ。
感傷や思い出に浸るというよりは、
「うーん」
と、ただうずくまりたくなるという心境が近しいかな。
反省タイムを強制的に作られる気分になるのだ。笑

かつて長くお付き合いしてきた人がいて、大変感謝して、色々とこちらも支えてきたつもりだったけど、別れた後にあまりにも酷い事を私以外の周りの人にもしてきたので怒ったら、
「捨てられて恨んでいたから」
と言われてしまった。そういう人の言霊(ことだま)というのはとても強いもので、まともに食らうとキツいものがある。
捨てたつもりなんてなかったし、ずっと話をしてきて、理解してもらえるまで我慢もした結果だったのだが。
私だって、のうのうと生きていたわけではない。その彼が望んだようにした結果、見知らぬ人から、心無い言葉を浴びせられたりもしたのだ。
別れているのにコソコソと色々とこちらの信頼を失くすような行為をしていた事も知っている。
その上、恨んでいたからという理由で、やっていい事と悪いこと、いっていい事と悪いことだってあるでしょうよ、と辛くなってそれまで一緒にいた年月は何だったのかと思った。
その怨念とやらは、彼のご希望通り、以後、深く切り刻まれることとなったし、ご自身は幸せになってるにも関わらず、実際凄い勢いで邪魔を入れられたり、わけのわからない誹謗中傷を見知らぬ人から受けるハメになったから、十分恨みとやらは晴らして頂けましたでしょうから、これ以上はご勘弁を、と思って生きてきた。笑

話は戻るが、そんな事もあった後の困難のある大恋愛だった(しつこいけど悪いことはしてないよ)から、自信をなくして、色んな事に敏感になりすぎてしまって、途中から本当の気持ちがわからなくなって、本人の口からでる言葉尻だけを捉えて、他人から言われる心無い言葉が重なってボロボロになってしまっていた。

何が本当かわからなくなって、潮の満ち引きのように繰り返される不可解な行動や言動に振り回されて、何年もカポエイラの戦いみたいにグルグルと何周も回って、その人ともう全然うまくいかなくなって、そうやってもう諦めた後に、ジェネラルな質問として、その人に
「私の好きなとこある?どこが好き?」
って聞いてみたら
「めんどくさいとこ。笑」
と言われた事がある、という話を先日、幼馴染にした。
「私にとっては凄くショックで「眼中にない」と言われているとこまできたかと思ったし、そんなこと言うならそっちも十分面倒臭いし!って思って『1ミリも褒めてないじゃん!!誰より輝いてて目が釘付けだったとか昔は言ってたくせに!!!』って叩いたんだけど。。。」
って言ったら、幼馴染に
「めんどくさいところってわかる…。」
と言われて、ちょっと!!と、喧嘩になりそうになった。笑

「いや、そういう事じゃなくて、ヴィンチェンツォ(ネトフリの韓流ドラマ)もホン弁護士のどこが好きか聞かれたら、めんどくさいところって答えそうじゃん?それが言える関係性だったってことよ。ホン弁護士も「めんどくさいところ」って答えられたら、そうやって、褒めてない!ってブーブー言ってバチバチ叩いたりしそうじゃん。本当に面倒くさい事をされてもあなたの面倒臭さは好きだって言える関係性ってベストだったと思うよ。特別な相手にしか言わないでしょうが。」

と言われて、

「え、そうなの?」と今頃知った。
もう何年も前の言葉の意図を今になって解明する私の鈍感さよ…。

まぁ今更知ったってなんてこたぁないんですがね。
そういう事があまりにも多い。
その時気づけよ、ってやつが、マジ気づかない。
他人のことになると超敏感なくせに、自分のことになると鬼の鈍感力で思考停止する。
ストレートに言われないと、言葉の通り受け取ってしまうので、遠回しに言われた事は、遠回しのまま解釈する。なんならネガティヴに遠回しに捉える。
例えば
「好きじゃないわけじゃない」
と言われると、
「好きってストレートに言えるほど本気で、好きじゃないのね」
と解釈するのだ。
後から友達に、
「色んな理由があって好きだけど好きって言っていい関係性ではないから言えない」
という意味でしょう、と言われて
「え、でも本当にめちゃくちゃ好きだったら好きって言うよね」
とか言ってなかなか納得出来ず、数ヶ月、いや数年かけてやっと理解するのだ。
好きじゃなかったらあんなことしないよね、という事を数年経って冷静に考えると理解できるのだけど、人に好意を持った時の私は信じられないくらい、自信がなくなるので、猛烈にこれでもかというくらい「100%好き」を言ってくれないとわからないのです。
↑自分で書いてて面倒臭い奴だなと自覚した。笑
口先で平気で嘘をつく悪魔みたいな奴が世の中にはいる事をその後に、知る事になるのに。笑

その人から「眩しすぎる」と言われた事もある。
「眩しい」は褒め言葉になるとは思うが「すぎる」とはどういうことや?と。一言多くないか?と。
どう考えても「度が過ぎる」の「すぎる」でしょうね。
自分にとってはその人は十分眩しい世界の人なのだけど、眩しすぎるとはどういうことだと。

その人が言う眩しすぎるがどういう意味だったのかは明確にはわからないが、ただ、これも私が人に恋愛相談をした時とかによく言われる事で、おもいだしたのだが、先日も、話の流れで、
「私は比べてもないのに、勝手に私の周りの人やお付き合いした方と自分を比べて落ち込んでこんいったり、わけのわからないマウント取ろうとしたり、自然体でいて欲しいのに勝手に頑張ろうとして取り繕って自分を偽って疲れて自爆していく異性が多い」
という話から、男友達に
「わかる。。。男ってそういうとこあるんですよ。俺ももっと自信もってって言われたことある。勝手に心配してね、自爆するんですよ。そういえば、あのアーティストの〇〇もあの人、何者!?ってフキちゃんの事、言ってましたよ。」
と言われ、
「え?なんで聞かれるの?笑 私、感じ悪かった?」
と言ったら、
「いや、そんな事ないですよ。そうじゃなくて、大体、憧れの世界的なレジェンド大物アーティストが来てくれるかもって時に、その人を引き連れてレセプションとかに現れる女の子って、何者!?ってなりますよね?で、実際、フキちゃん、ただならぬオーラもってるからさ…。普通の男性は引くよね。。。よっぽど自信あるか、我が道行くタイプじゃないと太刀打ちできないんですよ。笑」
と言われてしまった。
別に闘ってるわけじゃないんですけどね。

とにかく、私にとっては、例えばその時に好きな相手は太陽くらいの明るさで他の星は見えてないのに、相手は勝手に自分が3等星くらいなのではないかと思っていて、ヤキモキしてるパターンになりがちで。
でも私だって本当は自信がないんですよ。
でも例えばそうやって「眩しすぎる」とかって言われるって事は、私があなたにとっては太陽なんですね、じゃあそれらしく頑張って振る舞いますよ、ということで、かつて「照らすわ」という曲を書いたんですけど。

自分は自然体でいて、対等に、同じ人間として魅力を感じてその人と一緒にいて、だからこそ自分も弱くなる事があるから、その時は支えて欲しいし、反対に、相手が不安な時は支えたいって思ってるから、安心して見せてねってことが言いたいんですけど。

そうやって詩を書く者は人生を切り売りしていってるんですが…。笑

そんなこんなで、お互い巡り巡って、時効もきたと思うのでね、もういい加減、友達になれると思うんですよ、本当の意味でのね。
そうであって欲しい。
そうじゃないと、かつて私が諦めたこととか、我慢して飲み込んだことが報われないから。

勿論、その間、何も話せなかったわけではない。
その間にもたくさん色んな相談だったり会話があって、普通の友達は応援してくれた事も、1人反対して
「皆は無責任な事しか言わないからいい事しか言わないと思うけど、俺は君以上に君の事をわかってるつもりだから絶っっっ対、違うと言い切れる。自分が1番よくわかってるはずだと思うよ。忘れたの?君には絶対合わないでしょ。やめな。誰がなんと言おうと俺は反対する。」
なんて言われて
「何様だ!?なんで1人だけ応援してくれないの!?」と泣いた事があった。
冷静になって考えると、それは厳しいようで、2人にしかわからない事だったり、本質的には優しい言葉でもあったし、1番の理解者だからこそ言える自信からであったとも思うし、そして何よりも結果、私自身が、的を得た答えだと思って結果その意見に従う事になったから、そう言ってくれた事、いい思い出として感謝もしてる。
そこまで大事に考えてくれた相手なのだから。

だからこそ、わたしたちも、人の目とか男とか女とかに囚われないで、かつての何も考えずに気楽に話せた頃の私たちにいつか戻れたらいいな…と思ってる。
戻れない安らぎはないと思いたいんだ。

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