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春の夜中と春の声(清水春馬)

なんだよ。生きてるよ。
俺は平気だっつってんだろ、
だからなんでお前が泣くの。
わかんなきゃわかんないで別にさ、
まあ普通には全然暮らせんだし。


いや、言ってない。
言ってないけどバレないっしょ、
全部お取り寄せと注文、こういう時だしって。
ちょっとでも勘付かれたら別れるし。
いや待てよ、つかその前に別れないとな、
電話しとくわ、これ切ったら。
お前んとこ行ったらうまいこと言っといて、
適当に理由つけてはぐらかして慰めてさ、
あと甘いもんでも食わしてやって。
いや、泣き止むから。


決めてない。
別に急いでないし。
お前引きとめたわりに急かすね、
辞めんなつったり次どうするっつったり。
だから何度も言ってんだろ、
平気なんだよ、俺は。



そういえばどうだったの、今日。
へー、よかったじゃん。まあまあだ。
いや、他人事だよ。もう。
だからお前がやれって言ってんじゃん。
スタッフもお前ならついてきてくれるって。
つかお前いなくて俺だけとかのが無理だろ、
お前だからできたんだよ。
は?プレッシャーとか知らねえし。
元天才に何を聞いてんの、お前は。
元だよ元。
終わり終わり。
おしまいなんだよ、もう全部。


むしろこうなってくると逆に面白いもん。
例えばさ、シナモンと山椒?
嗅いでも区別つかねえの。
全っ然。本当にまったくわかんない。
若き天才とか呼ばれて調子乗ってなきゃな、
もうちょい気楽だったかもしんないけど。


ベートーヴェンってお前それさあ、
音とか楽器は変わんないっていうか、
絶対変わんないって信じられてた時代の、
信じることができた人間の話だろ。
毎日毎時間毎分毎秒天気温度湿度場所で全部、
本当に瞬間で何もかもすごい勢いで変わんの。
つかお前さあ、何回言ったらわかんだよ。
まあ、俺もわかんないけどさ、もう。


食ったよ。ちゃんと食ってるよ。
つうかお前食ってないだろ、
食ってない時の声してるもん。
腹空かなくても食わなきゃダメだろ。
俺なんか味わかんないで食ってんのに。
…うん、味も。
わかんないやつ、結構ある。
いろいろ試した。
だって暇なんだもんよ。時間だけはあるしさ。
こういう時あれな、仕事以外に趣味とかないと
詰むな普通に。
てか詰んだな、普通に。



一応、聞いた。
今んとこ治療法も何もわかんないって。
人によって数日から数ヶ月?で治る人もいるし
一年経っても俺みたいのもいるし。
何十年かけて待っても戻んないとかも、
可能性としては十二分にありえるわけで。

で店だけど、お前やんない?。
やんないんなら閉めるだけだよ、
このご時世で無理でしたすんませんっつって。
あいつらの行く先ぐらいはなんとかするし、
あちこち頭下げて回って残ってる借金返して、
別にそんだけだろ。
そんだけだよ。俺には。

ごめんな。
一緒にやろうって、俺が誘ったのに。


月曜の昼に行くから集まってもらって。
一年なんとか頑張ってもらったけど、
さすがにもう経営が?限界だってことにして。
明日からそれとなく匂わせといて、
そんで発注うまく全部止めて。



お前がよくなくても、もう俺はいいんだよ、
俺はもういいんだ。
ごめんな、決めんの遅くて迷惑かけて。
黙ってんのもきつかったろ。
さんざん嘘もつかせたしさ、この一年。
ありがとうな。


そういや、最後に出勤した日の夜の賄い、
あれお前のパスタだったろ。
いや思い出せよ、たった一年前だよ。

あれ、悪くなかった。
え?そうだっけ?褒めたことない?
俺一度も?初?マジか。
まあでも、じゃあよかった。




最後の晩餐が、あれでよかったよ、俺。


(2021.4.16)



〈清水春馬/主催者の相馬さんとは一度一緒に寿司を食ったことがあります。共通点は馬です。〉

春の光と春の風  
春の希望と春の愛 
春の未来と春の空 
春の記憶と春の幻 
春の驟雨と春の影 
春の嵐と春の告白 



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