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小説・雑記

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創作物のまとめ箱 冒頭小説、掌編、端切れ
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#小説

六次の隔たり

 午前0時前。巨大な交差点の真ん中。最後のシラップ漬けの缶詰を開けて、コンクリート片にもたれかかった。腕時計を見ながら、無線機のスイッチを入れる。 「CQ. CQ. CQ. こちらはフォックストロットの渋谷。定時連絡、どうぞ」 「了解。渋谷、こちらはアルファの北京。ノーヒット。パリ、どうぞ」 「了解。北京、こちらはアルファのパリ、同じく。カイロ、どうぞ」 「了解。カイロ、こちらはアルファのカイロ。クラスタ係数ヒット。121。繰り返す。ヒット。121。どっかでループかね、渋谷ど

ワールズ・エンド・セカンドハンド

 ワールズ・エンド通りから細い路地に入り、暗く、入り組んだ煉瓦の迷路を五分ほど北に歩く。すると、開業中なのかどうかさえ怪しい店が並ぶ横丁に出る。その端に、バフェット&ウォレンズ古道具店がある。  その日は、土砂降りだった。ただでさえ薄暗い店は杳として奥行きが知れなかった。背が高いフードの女が扉を押すと、壊れたベルがガラガラと間の抜けた音で鳴った。埃と黴の臭いがする室内に湯気が漂っていた。 「これは、〈灯命のサモワール〉という品です」  小柄で中性的な青年がテーブルについて

間話1.6 エー氏の生まれ

 かの若い言語学者の生まれは、大陸の北の端の小国、ジンクムだった。その国は極圏に近く、冬は絶え間ない吹雪に見舞われる。大地も海も凍りつき、人々は家に閉じこもって、薪の心配をしながら、ただただ春を待つ。冷気が丸木組みの壁をすり抜け、綿入りの上着越しに皮膚を刺した。気候は過酷過ぎるほどだった。それでも、採掘と精錬に従事する苦役夫たちは、森に入りってカラマツやモミ、トウヒの大木を切り倒し、十人がかりで引いて運ぶ。あるいは、石炭、亜鉛や錫の鉱山でつるはしを振るい、荷を精錬所まで担ぎ、

異界神話体系 間話1.5話

 統括局を代表して諸君にお祝い申し上げる。第二の人生の門出だ。諸君は皆、それぞれの人生に倦んでいた。差異はあれど、生きながら苦しみ、憎み、悲しみ、逃れようと足掻くも、己の無力さと運命の理不尽さに押し潰されていた。前進を望み、才能を欲し、人生をやり直したいと願った。あるいは自分ではない誰かになりたい、すべて投げ出したい、逃げたい、死にたいと望んだ。だがそれらが叶うことはなかった。幸か不幸か、救済への渇望は、我々の投影局へと届き、神々の意志のもと、諸君がここに至る道となった。

お肉のフルコース

 ああ、天使ほど旨いものは、そうそう無い。しかし高い。うちの近所のスーパーじゃ、安売りのときでも100グラム598円以下にはならない。低級の細切れ肉な。手羽は別だ、可食部が少ないから、水炊きの出汁にする。地鶏よりよっぽどコクが出る。俺は胸肉の唐揚げが一番だと思う。ステーキは柔らかくて若干物足りないな。親天使の肩甲骨周りは適度に噛みごたえがあるが、いかんせん高価過ぎる。庶民の手に届くもんじゃない。  反対運動を起こす奴らの気持ちも理解できるし、お前が躊躇っているのもよく分かる

7月4日

 杉野君の件があった7月、教師たちも生徒たちも理由を探していた。彼はいじめられていた訳でもなく、成績もそこそこ優秀で、陸上では県大会に出ていたし、家庭にも問題はなかった。目立つ生徒ではなく、物静かで地味だった。いつも後ろ髪のどこかに、ひどい寝癖がついていた。無害な生徒。あの日も彼は至って普段どおりで、「それらしい理由」は存在しなかった。けれども、みんなは執拗に理由を探した。休憩時間、教室の隅や廊下の影で噂話が広まった。  本当のところ、真実はどうでも良かったのだ。根も葉もな

魔の山(1)

 2019年3月31日、午後12時30分。国会議事堂にほど近いエリアの駐車場や空き地、ビル屋上、公園、民家、あるいは路肩から、149機のドローンが一斉に飛び立った。それには小さなトイドローンから農業用の大型ドローンまでが含まれる。それぞれが一様に、爆発物、ないしガソリンとスチロールを混合した簡易ナパーム弾を積んでいた。  とあるコインパーキングの監視カメラは1台の大型バンを記録していた。バンが駐車場に入り、停まり、運転手がバックドアを開けるまで約1分。その作業服の男が折り畳ま

一九六四年のクリスマス

 クリスマスの前夜、戸惑い、泣き叫ぶ子どもを尻目に、大人たちは嘲笑しながら通りを過ぎ去って行く。香水瓶が立ち並ぶような、夜の摩天楼。宝飾店のショーウィンドウ、外国製の高級車、下ろしたてのスーツ、ミンクのコート。白金の腕時計、ダイアのネックレス、恋人たちの囁きと、シャンパンへの期待。富が呻る五番街、新聞を売るスタンドの正面で、5セント硬貨も持たぬ幼児がキャンディーの販売機を見ながら泣いている。母親は力なくただその光景を眺めていた。行き交う人々は嗤うばかりだった。  そのような

【雑記】おれは妙な気遣いをやめるぞ!ジョジョーーッ!

 小説の書き方について。  さてさて、読書体験は人それぞれ、様々な偏りがあるかと思います。岩波文庫は赤帯がお好き? それとも緑帯? 講談社文庫、新潮文庫、ハヤカワSF、創元社、光文社古典新訳、あるいは集英社文庫、それとも筑摩や河出、白水社? いやいや、天下のKADOKAWA、電撃、スニーカー、富士見、星海、宝島?  乱読活字中毒者でも、作家、ジャンル、レーベル、出版社等々、とっかりの差異はあれ、どこかに心のHOMEをお持ちでは? それは読書の原風景、My ファイバリットなプ

異界神話体系(4)

第4話 遍在神エンノイア 1-1 至高の唯一神には始まりもなく終わりもない。時間を超越しているが故に。 彼は大きくもなく小さくもない。実在に縛られない故に。 彼以前には何もなく、彼以後にも何もない。 彼は不変不動の永遠であり、万物そのものであるが故に。 彼以外の存在は全て彼に劣る存在である。 彼以外、彼を知ることはできず、見ることはできず、彼の声を聞くこともできない。 彼以外、彼に名をつけることはできず、彼の考えをはかることもできない。 彼は彼自身について考える者である。

転載

ちょっぴり長くなってきたので異界神話体系1~3をカクヨム、なろうへ転載。 ちょいちょいと加筆修正。 個人的にはカクヨムのビュワー(背景色:生成り)が読みやすい。 色々設定できるので疲れ目対策に。 https://kakuyomu.jp/works/1177354054888214074

トリチウムの城と地上の太陽

 国際資源開発機構の目的は主に鉱物資源の確保である。彼の地は、凡そ自然界には見られない、未知の結晶構造を有する鉱物の宝庫であった。金、白金はもとより、ランタノイド、アクチノイドなどのレアメタルが豊富であり、一方、鉄、銅、アルミニウム、ケイ素など有り触れているはずの元素は極端に少ない。原子番号が大きい元素の存在割合が異常に高い。ここで、イッテルビウム-ハフニウム-塩素がカゴ状となり、大量のトリチウムを閉じ込める三重水素貯蔵鉱物の存在が最重要視された。折しも、核融合炉壁材料の問題

異界神話体系(3)

第3話 復讐神フリア(後)  渦巻く空に現れた穴。台風の目ではない。作為的な真円。第4の月、テトが太陽の面を覆い、それを中心に、第1から第3の月が大三角を描いている。そして静かに、朧気な女神の顔が穴を覗いて、頭からゆっくりと降りて来る。  霧が凝縮して生まれた彫像のようである。美しいが特徴のない顔立ち。六枚の翼。か細い指が都市を指し示す。都市の光が消え失せて、ひっそりと静まり返った。女神が水晶宮の上に降り立つ。小柄な、白いドレス姿。少女か女か、年の頃も不明瞭で、輪郭は曖昧

異界神話体系(2)

第2話 復讐神フリア(前)  世界にはただひとつの大陸しか存在しない。超大陸バルバティカ。その三日月状の大地に、100を超える都市国家が乱立している。すべてが神権国家である。この世界では神々の意志が最も重要である。ときには神罰のために、あるいは祝福のために、大いなる存在が天から顕現する。人々の暮らしは信仰と共にあり、それ抜きでは成立し得ない。  最大の国家、ローレンシアは叡智のソピアを主神として奉る。ローレンシアの学者らは、叡智の祝福により、精霊の奇跡の再現を部分的に可能