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小説・雑記

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創作物のまとめ箱 冒頭小説、掌編、端切れ
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人生の意味の無さについて

 中学1年生くらいの時分、人生には何か意味があるものだと思っていた。自分が、"生きること"そのものに違和感を抱くのは、その"意味"なるものに、まだ手を触れていないからだと思っていた。人生の意味、ないし意義、あるいは正しい生き方は、とっくの昔に、偉大な哲学者や思想家が、体系化と明文化を終えていて、13才の自分たちは、まだ教えられていないだけだと思っていた。    今は知っている。本質的に、人生に意味はない。生きることには何の意味もない。それをやっと理解したのは大学生になって間も

黒猫王の帰還と五つの太陽の再臨

 南米大陸縦断鉄道トルメンタ・デル・ソル号の事件で生き残ったのは二人の子供と一匹黒猫だけだった。ブエノス・アイレスから北へ約百キロ、コンセプシオン・デル・ウルグアイの高架のなかほどで、たった二本の採掘用ダイナマイトのために機関車と十両の客車、四両の貨物車がラ・プラタ河に沈んだ。  アレクセイ・ロマノフは当時八歳の少年だった。彼はのちに死の刹那、すなわち大陸の南端カボ・デ・オルノスの波打ち際でカソリックの狂信者に心臓を貫かれる満月の夜に、皮肉にも同じような月の夜、母の膝の上から

Freaks' Country Roads

 僕は先頭の幌馬車の御者台で、ギターを鳴らしてカントリーを唄っていた。隣りに座る腕なしのエルフ、アルダは器用に足で手綱を操りながら、時々なんとなしに鼻歌を僕の節に合わせてきた。僕の七本指は調子よく弦を弾いていた。ナラの林はもう橙色になっていた。  南からはトロルの軍勢が、西からは死霊術師たちが、北からは帝国の山岳部隊が攻め立てているらしいけれど、僕らには戦争というものはあまり関係がなかった。どのみち巡業のフリーク・サーカスとしてあてどなくさまよい続けることに変わりはない。陰

Re:vengeance Tower

 主幹昇大降機が停止し、太い鉄管のドレンから排蒸気が吹き出した。半径1kmを超える昇降機が、ベースメントフロアからグランドフロアに運んできたのは唯一人、猫頭種の青年だった。詰め襟の黒いコートが熱い霧にたなびいた。上階から掃討機銃を二門そなえた大型のクアッドローター・ドローンが現れ、降下猟兵型シンセティックを投下しながら着陸する。治安維持軍の50体は素早く展開し、青年を包囲した。タングステンのフレシェット弾をフル装填した軽機関銃が50丁、一斉に照準を合わせた。遅れてブルドック頭

上海ギャングスター

 俺がギャングスタになろうと決めたのは1927年12月、時計塔みたいな江海関が建った年だ。当時の上海は西欧の列強国に共同統治されていた。上海共同租界の時代だ。  上海暗黒街の三大ボス、聞いたことはあるだろう。黄金栄、張嘯林、杜月笙。中でもハゲの杜月笙は、俺達にとっちゃ神みたいな存在だった。  表通りこそ煉瓦造りの派手なビルディングが並んでいたが、ちょっと裏通りに入れば、阿片窟だらけだった。糞やらゲロやら、腐った汚物の塊がぬかるんでいた。  あのとき、俺は14歳だった。華林茶行

ふたたび連続殺人事件

「いい加減に吐いたらどうなんだ」  二子玉川刑事は、机の上に寝転がっている三毛猫に向かって言った。 「なう」猫が鳴いた。  と突然、扉を蹴破るような勢いで相棒の大井町が飛び込んできた。 「現場の体毛とDNAが一致しました」  三毛猫は片目を開けて「毛玉を吐くわけにゃいかんしな」と言い、前足を伸ばしてあくびをした。 「俺がツナを食ったのは去年の冬。一缶だけだ。だから大脳皮質の発達はさほどじゃない。〈タマちゃん総統〉に比べればゴミみたいなもんだ」 「襲撃に参加したと

タイタニア海溝都市

「おっちゃん、天ぷら蕎麦のコロッケのっけ」「あいよ」  人工重力環境でも立ち食い蕎麦は旨い。三隻の大型植民船とその他雑多な運搬船やらスクラップやらを溶接して建造されたメガストラクチャ、円環状軌道上住居NULL-11でも、良い屋台は少なくない。深緑色の巨大なゴルディロックス惑星NULLを目前にして、我々はまだ足踏みしているが、食うことにゃ飽きちゃいない。 「またコロッケ乗せてんのか、気持ち悪いぞ、それ」苗(ミャオ)が人混みを割り、暖簾をくぐってきた。「棒々鶏のからあげのっけ

南路遍歴

 おれは泥濘沙漠を越えるキャラバンに加わった。壮年の男が約三十人、それに数人の女とみなしご、親方と呼ばれる老人がひとりいた。ヘコミラクダの背には北の鉱山から出る砂糖水晶や醍醐石、オアシス地帯の夏女椰子の干果、草原の遊牧民が作る馬血酒が積まれていた。おれは鉄貨二十枚を支払った。荷物は毛布が一枚と将軍の遺骨だけだったから、格安ですんだ。  泥濘沙漠を越えるのは簡単ではない。夜間に東の山脈から水が流れ込み、沙漠は泥の海と化すが、日が暮れる頃には乾燥してひび割れた地面に戻る。おれは

【備蓄編】これからの台風のために

 私は零細農家ではあるが、過去の気候データは一応チェックしている。2000年代から異常気象と呼ばれるような、統計的に「ハネた」データが目立つようになり、2010年代に入ってから、もはや異常とは言い切れないほど、最高記録、最低記録の更新が日常茶飯事になってきた。あくまで素人の見立てではあるが、2020年代以降、この傾向はさらに顕著になるだろうと思う。  室戸台風、伊勢湾台風以上の台風は「必ずうちにも来る」と考えておいて損はない。わたしは関西在住であるが、平成30年台風第21号

農奴の祭壇

 彼女は一体、何を産もうとしているのか。  わたしはそれが恐ろしかった。  ロストフ家の客間で、わたしは震えていた。  激しい雷雨が、館を殴りつけるように吹き荒れてた。黒ずくめの客間は暗く、ランプと暖炉の炎も、霧のように忍び寄る闇の不穏さを拭えなかった。筆頭執事のアバーエフが端に控えていた。彼は彫像のように身動きひとつしなかった。  葉巻を片手に、黙って床を眺めている田舎紳士たち。額を寄せ合って噂をささやく妻たち。一方で、数人の退役将校は円卓に陣取り、不安をせせら笑うよう

逆噴射祭りの再襲撃

 800文字。原稿用紙2枚分。文庫本にしておよそ1ページ。改行を多用したならば2ページほど。ツイッターで5~6ツイート。  物語のセットアップ――主要人物、世界観、目的、謎、事件の提示――に割かれる分量が全体の10~20%であれば、800文字は、20~40枚の掌編、ないし短編の冒頭部だと考えるとちょうど良いのかもしれない。  長編の冒頭800文字となれば、ほとんどエピグラフや描写で終わってしまう。短編と長編では、情報密度、構成、文体、情報密度が異なる。しかしエンターテイメ

愛読者カードを、出さなくっちゃ

 『ゴーメンガースト』三部作の四冊目、『タイタス・アウェイクス』を買おうとした。密林を見るとプレミアが付いて倍以上の価格になっている。2014年の創元推理文庫。たった5年前の本だ。幸い、大型書店に棚差しの在庫がわずかに残っているかも知れないとのことで、取り寄せ注文した。  ゆえに私は、ちょうど読んでいるグラビンスキ『動きの悪魔』に挟る愛読者カードを取り出し、書き始めた。熱烈な褒め言葉を連ねるでもなく、ただ、グラビンスキの未翻訳の小説の刊行を求む旨を簡潔に記し、投函する。

原稿めも

 よくきたな。おれは原稿用紙換算だ。1枚なら400字、5枚なら2千字だ。50枚で2万字、300枚で12万字だ。たまに1枚200字のやつがいるが、そいつは半ペラというきゃくほん世界のおれだ。  それはまるで延々と続く荒野の道のようだ。アスファルトの舗装もなく、Beyond the horizon でも、そのまた Beyond the horizon でも途切れることのない道。あるき続けるには体力が要る。1枚でスタートを知った。5枚で数歩あるいた。次は50枚という準備運動を1回か

六次の隔たり

 午前0時前。巨大な交差点の真ん中。最後のシラップ漬けの缶詰を開けて、コンクリート片にもたれかかった。腕時計を見ながら、無線機のスイッチを入れる。 「CQ. CQ. CQ. こちらはフォックストロットの渋谷。定時連絡、どうぞ」 「了解。渋谷、こちらはアルファの北京。ノーヒット。パリ、どうぞ」 「了解。北京、こちらはアルファのパリ、同じく。カイロ、どうぞ」 「了解。カイロ、こちらはアルファのカイロ。クラスタ係数ヒット。121。繰り返す。ヒット。121。どっかでループかね、渋谷ど