トリチウムの城と地上の太陽

 国際資源開発機構の目的は主に鉱物資源の確保である。彼の地は、凡そ自然界には見られない、未知の結晶構造を有する鉱物の宝庫であった。金、白金はもとより、ランタノイド、アクチノイドなどのレアメタルが豊富であり、一方、鉄、銅、アルミニウム、ケイ素など有り触れているはずの元素は極端に少ない。原子番号が大きい元素の存在割合が異常に高い。ここで、イッテルビウム-ハフニウム-塩素がカゴ状となり、大量のトリチウムを閉じ込める三重水素貯蔵鉱物の存在が最重要視された。折しも、核融合炉壁材料の問題が解決し、世界初の核融合炉がフランスに建造されたばかりである。新規鉱物の結晶構造解析の成果もあり、核融合炉の構造材料に応用すれば、大幅な小型化が可能であり、更には炉の制御を容易にすると予想された。燃料となる重水素、三重水素の供給が安定すればエネルギー問題は忽ちに遠い過去の遺物となる。大量のレアメタルが安価に流通すれば、化学工業における触媒分野や半導体産業にも革命をもたらす。鉱物を掘り尽くしてしまった後は? 新しい領土にすれば良い。危険な産業廃棄物の最終処理場でも、単純な植民地でも良い。
 かくして侵攻が始まった。ゲートが存在するシベリア連邦管轄区、クラスノヤルスク地方は、実質的に国際資源開発機構の統治領域となった。当初はロシア連邦が強固に反対したが、ゲートの発見がEU-米国-中国共同のマンモス属化石の発掘チームによってなされ、先立って世界に発表された事もあってか、国家間の緊張を高めるよりは、資源開発に協力し、機構に大きな影響力を持つことを選んだ。実際、ロシア連邦陸軍は原住民掃討戦において主力となった。組織的な弩と長弓の運用がせいぜいの文明相手とはいえ、人口だけは出鱈目に多い。ゲリラ的反撃による被害を考えると、過剰な火力投入による殲滅が妥当である。

 ゲートは 4.12m×4.12m の正方形である。黒曜石の縁取りは破壊不可能だ。よってゲートのサイズは不変である。光通信ケーブル、電気ケーブル、純水、液体燃料のパイプラインは常時接続とし、その他輸送システムは状況によってフレキシブルに組み直される。1ミリの隙間もなく、ゲートを最大限に活用するモジュール式のラインである。物資、および人員の輸送には 4.12m×2.12m の超電導リニアラインが使用される。時速500kmで連続的にコンテナが輸送される。無論、積み下ろし・加速・減速のための大規模なステーションが、ゲートを挟んだ双方の地に存在する。各種ラインは必要に応じてゲート部分で切り離し、短時間で切り替えられる。例えば一般物資ラインを使用しないときは、これを切り離してミサイル専用ラインを接続する。切り替え所要時間は10分以内である。
 もし細いホースで多量の水を輸送したい時、ホースを太くできないなら水圧を上げる他はない。幸い、ボトルネックとなる部分は一箇所のみ、ホースは丈夫で破裂しない。ならば巨大な加圧ポンプを使用することが可能である。ゲート利用効率最大化のため、ステーションは際限なく巨大化した。そのステーションに付随する形で、開発機構関連の施設が付近に建設され、間もなく本部そのものも、ここに移動した。本部の延べ床面積の8割は機密保持に関わる部署である。特にマスメディア対策には多額の予算が計上される。SFXの専門家たちが日々、醜悪な爬虫類型生物の写真や映像を作成している。誰も見抜けない精緻さが不可欠なのだ。
 更にもう一つ、巨大な施設がある。世界各国より犯罪者が集められた収容・教育施設。減刑のために自発的にサインした、犯罪者のボランティア集団だが、実質的には「行ったきり組」、つまり二度と帰れぬ人々である。知能が高い者は高度専門教育を受ける。特に重工業、次いで軍事。平均的な知能を持ち、反社会性が低い者は兵士になる。残りは放射線に満ちた鉱山で、自動掘削運搬機からこぼれ落ちた鉱石をシャベルで集める係だ。

 この新フロンティアの出現に際し、日本は酷く出遅れた。外交は拙く、科学技術は先進国に大きく遅れを取り、国内のインフラ維持すらままならぬ這々の体であり、掴み取ったものは囚人を送り込む権利のみである。
 さてここに、地方の国立大学に通う1人の院生がいる。地球科学科、ランタノイド専門の研究室所属である。数日後、彼は運悪く、重大な交通事故を起こしてしまう。その実、優秀な彼をよく思わぬ、研究仲間の計略であったが。

#逆噴射プラクティス #小説

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