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【ショートショート】誕生日酒

「今日を楽しみにしていた」
 と父が言って、日本酒のとっくりを持ち上げた。
「ありがとう」
 タロウは、おちょこを差し出した。
 二十歳の誕生日。
 はじめて父と居酒屋に入る。
 それまで友だちと隠れて飲んではいたが、堂々と酒を飲んだり買ったりできるのは今日からだ。
「もうひとつ。これがプレゼントだ」
 父は鞄から薄いものを取り出した。
「開けていい?」
「もちろん」
 タロウが包みを開くと、ミニアルバムと紙切れが出てきた。
「それが君のほんとの両親。そして、それぞれの連絡先だ」
「へえ……」
 タロウはしげしげと写真に見入った。
 結婚記念写真というのだろうか。
 人間の夫婦がドレスを着て、写真に収まっていた。
「きれいだろ」
「そうだね」
 自分と血はつながっているのだろうが、実感がわかない。自分の父は目の前にいるのだ。
 タロウはハイオクガソリンを父のグラスに満たし、乾杯した。
「これからぼくはどうすればいいの?」
「誰と暮らしてもいい。君の選択次第だ。父も母もご健在だぞ」
 タロウは、
「父さんがいい」
 と答え、父は、
「そうか」
 と答えた。あまり表情の動かない父がにんまりとしたような気がした。
 酔っ払ったタロウは、父に担がれてマンションのベッドの上まで運ばれた。
 翌朝、タロウは枕元にあったアルバムと連絡先を机の引き出しの奥の方にしまった。

(了)

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