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【ショートショート】キャンペーン
隅田川を渡る列車のなか。
「あら、ヨーくんよ」
とひそひそ声が聞こえる。
マスクをしているのにバレたか。まあいい。
オレはアイドルである。
実家に帰るのは何年ぶりだろう。ヒマなときには気まずくてなかなか顔出しできず、売れたら売れたで時間が作れない。
「ただいまー」
オレが声をあげると、家族が大集合していた。妹夫婦もいる。
みんなでわいわいと食事を終え、団欒の時間となった。
ばあちゃんが、
「ヨウスケは極東ビールのコマーシャルに出とるじゃろ」
と言いだした。
「うん」
「近所の老人会で宣伝したのじゃ」
「ばあちゃん、ありがとう」
「そうしたら、権藏じいさんが、極東ビールを百缶も買ってなあ」
ビールを百缶買ったらもれなく特製グラスをプレゼントというキャンペーンである。
「そんなにグラスがほしかったの」
「なにを言うとる。おまえを応援するためじゃ。爺さん、あまり飲めんでの。一缶を三回に分けて飲んどる。ラップをかけて冷蔵庫にしまってるそうじゃ。ぜんぜん減らんといって泣いておった」
ほっておくわけにいかない。オレは近所の権藏爺さんのアパートに出かけ、お金を渡して、缶ビールを引き取ってきた。
「まったくもう。飲めない人に勧めないでよ」
家族がみんな下を向いた。
マジか。オレは近所中を走り回って極東ビールを回収して歩いた。
まだ開けてもいないので捨てるわけにもいかない。
翌日、オレは大量の缶ビールを箱詰めしてマンションに宛てて宅配便で送った。取りに来れないというので、妹の夫に頼んで近所のコンビニまで持っていってもらう。
広告のお仕事はありがたいが、これから実家には伝えないようにしよう。
でも、ファンがなあ。お仕事とはいえ、つらい現実を見てしまった。
(了)
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