変な話『ハツカネズミのビリー』
ビリーには、三百匹の兄弟がいた。母親は、一年のうち六回ほど出産をするのだ。しかも、ハツカネズミの平均寿命は一年から一年半。ほとんど駆け足の一生なのだ。
「ジョン、そっちへ行ってはダメ。イタチがいるわ」
「ママ、僕はジョンじゃないよ。僕はビリーだよ。我が子を間違えるなんて酷いよ」
「あら、あなたは後一ヶ月で大人になるのよ?そんな事でクヨクヨしていたらいけないよ」
ハツカネズミというのは産まれて一ヶ月後には大人にならなければならなかった。本当に駆け足の一生なのだ。
「ママ、僕はなんで産まれたの?何の為に?」
「あら、あなたにはそんな事を考えている時間はないのよ?後三時間で答えが見つからなかったら考えるのを辞めなさい。意味のない事だと気付くわ」
ビリーには自分を知る時間はなかった。
「ママ、この世界はどうしてできたの?いったい誰が作ったの?」
「あら、あなたには時間がないのよ?世界を知るには短すぎるわ」
ビリーには世界を知る時間はなかった。
「ママ、昨日キャシーがイタチに食われちゃったよ。悲しいよ」
「あなたの一生は短いのよ?そんな事でクヨクヨ立ち止まっていてはダメよ。前に進みなさい」
ビリーは、本当に駆け足で大人にならなくてはならなかった。
「ママ、僕はもうすぐ大人になる。今までありがとう」
「ケビン、私はあなたが誇りよ。胸を張って残りの人生を生きなさい。」
「ママ、僕はビリーだよ。ケビンは一昨日アオダイショウに丸呑みされたよ」
「そうだったわね。みんなそっくりだから困るわ」
「ママに似たんだ。それに、僕が誰かなんてどうだっていいさ。ママの息子に変わりはないさ。それじゃあ、行ってくるよ」
そう言って大人になったビリーは、巣立ったのだった。
家を出たビリーは、五時間後には一匹の雌ネズミと恋に落ちた。そして二十日後には六匹の子ネズミが産まれたのだった。
ビリーは一年の一生を終えるまでに、四百匹の子宝に恵まれた。ここまで駆け足で生き急いで来たビリーにとってモラトリアムなど一瞬たりとも無かった。
母親に言われた通り、考える時間もクヨクヨする時間も無駄だと納得させ、生きてきた。
ビリーは死の直前、初めてそのモラトリアムを体験していた。初めて自分の人生を振り返る事となった。果たしてこれで良かったのだろうか?自分は何者なのだろうか?何の為に生まれてきたのだろうか?
しかし、その時間も長くは無かった。ハツカネズミのビリーにとって自分をたらしめるモノは「ビリー」という名前以外に無いのであった。