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変な話『運命じゃない人』

 その日は、冬にしては暖かく、とても気持ちの良い朝であった。

 若さと成熟との間で、鬱屈とした時代を過ごしていた近頃の私には、珍しい目覚めであった。
 届いてから、手付かずのまま木テーブルに放置されていた、旧友のハレの招待状にも、返す気になれた。

 やっと今日、旧友の結婚を心から祝えたのだ。
 往復葉書の隅に小さく「おめでとう」と書き足した。それは心から湧き出た言葉であった。それ以上でもそれ以下でも無い、私のささやかな気持ちである。

 時計を見ると時間は正午を回っていた。
 投函ついでに定食でもと思い、くたびれたダウンジャケットに袖を通した。

 ふと、玄関の前の姿見に目が向かった。鏡に映った男は、寝癖はとっ散らかり、目糞はぶら下がり、ダウンジャケットはボロボロで穴が空いていた。

 なんとも見すぼらしく、二〇数年見て来た私でさえ、やれやれと肩を竦めたくなるほどであった。

 それから私は、顔を洗い、寝癖を直し、ヘアジェルで髪の毛をキメた。そしてボロボロだったダウンジャケットは、去年の誕生日に姉から貰ったコートに替えた。

 靴も綺麗なものに替えたかったのだが、私の今の手持ちでは、叶わなかった。

 それでも、綺麗にキマッた自分は気持ちが良かった。今までの鬱屈とした感情は嘘のように無くなり、足取りさえも軽くさせていた。

 穏やかな太陽の為すところなのか。それとも高く広がる空の為せることなのか。理由はわからなかったが、気分が良い。

 ポストを見つけ、旧友へのささやかな祝辞を投函しようと手を伸ばした時、冷たい突風が今までの良い気分を引き裂いた。

か、に思えたが飛ばされた葉書はヒラヒラと舞い、一人の美しい女性の足下へと流れ着いた。

 艶やかに伸びた黒髪をなびかせた彼女は、一瞬時を止めたようにも感じられた。

 彼女は私に葉書を差し出した。
「ご友人の結婚式ですか?おめでとうございます。」

 ニッコリと笑った彼女の顔は、直視することはできなかったが、さぞ美しかったであろう。

 それから彼女は、立ち尽くす私を置き去りにしてバス停に停まったバスへとかけ乗って行ってしまったのだった。

 それからの私は、彼女の事を忘れる事はなかった。私は彼女に、運命めいたモノを感じてしまっていたのだった。

 とは言うものの、数年後には私も別の女性と結婚をし、二人の子宝にも恵まれ、幸せに年老いた。

 しかし、私はその件のポストの前を通れば彼女を思い出してしまうし、艶やかな黒髪がなびけば、彼女の姿を探してしまうのだった。
 私達の運命は、また何処かで出会えるのでは無いかと期待せずにはいられなかった。

 想いは募るが、彼女との運命が再び交わる事はないままに、とうとう私は死んだのだった。

 葬儀を終え、四十九日を過ぎ、私が墓へ納骨された時、彼女との運命が、限り無く近くへと寄ったのだった。

 私が納骨された墓の隣に、彼女と彼女の家族の墓があったのだった。

 しかし、納骨されてしまった私には、これ以上彼女に近付く事は出来ない。

 近付いた運命をこれ以上近くに手繰り寄せる事は不可能な事であり、この先も、延々と限りなく近くに眠る彼女との運命が交わる事は、有り得ないのである。

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