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『お塩を、あげるから』

小学生の頃。
人から頼まれ子供向けの雑誌の付録となっていたささやかな模型や
プラモデルなどの組み立てをしていました。

依頼人は近所の大人たち。
当時の自分よりも、すこしばかり年少の子。その子の親御さんたちです。

器用だったのでしょうか?  時折、舞い込む、それらの依頼。
[手を動かしてものを組み立てる]ことは当時から好きだったので、それらの依頼
には、全然嫌な気持ちはなく応じていたことを覚えています。

これまでにも何度か記事にした覚えがありますが、当時の貨幣価値
それは100円あったら、電車へ乗って映画を見てラーメンが食べられたのです。
今だと、それはおよそ2000円くらい🫨🫨🫨  
やはり随分と、変わってきたものなのですね。

と、言うのは、その雑誌の付録やらプラモデルやらの言わば代理組み立てを
引き受ける際に、時折、大人が口にしていたのが『お塩をあげるから』という
言葉。

お塩、それはつまり[お駄賃]だったのですが、私が子供時代を過ごしていた
地域では[お駄賃]ではなく[お塩]と呼んでいました。お塩の中身、それは
5円、10円程度だったように記憶をしていますが、100円あったら・・・の話に
このお塩の記憶が、すいっと繋がったのです。

そういえば、そもそも何故[お塩]と呼んでいたんだろう? 語源はなんだろう? と
ついそれを調べてみましたら[サラリー = 給与]の語源が、そもそも[塩]に関連を
しているとか😳 古代ローマでは兵士に支払う対価は[塩]その現物だったとか😳

言葉の語源も私の生き方も、どちらも結局、過去からの経緯に大きな影響を
受けているんだなぁ~なんて、ほんのちょっぴり思ったり。

たまたま手先がすこし器用だった少年は、こんなに時が経っても尚、ちまちま
こつこつと手を使い、せっせと何かを拵える日々を送っているのです。
思えば少年時代と、何ら大きく変わらぬままに~☺️



追伸・今日の写真は、みんなのフォトギャラリーよりsatomigoroさんの作品をお借りしました。塩つながりということで、おいしそうな梅干しごはんの写真を
どうもありがとうございました。