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【真っ赤な玩具】


壊して 世界も貴方も

 グシャリ、と壊してしまってから非常に面白味のない物だと思った。
地面に転がった物を、冷めた目で見つめてから小さく目を瞑る。
そして、「嗚呼、」と軽く溜め息を吐いて名残惜しげに今しがた手にしていた小さな温もりにもう一度、手を伸ばす。

 触れた一瞬。拾い上げてやろうと思ったのだけども、その前に気が付いてしまった。
自分にはそんな事をしてやれる資格なんてない。そんな事をしてあげれる程の力量なんて無い事に。


 第一、島にモンスター居たのが第一の間違いだったんだ。

 そう思いながら血塗れのサーベルの赤を振り落とすと、そのミミマキムクネは空色の瞳を細めた。
それから軽く米神の辺りを軽く掻くと「うーん。」と唸った。誰かに対して言った事じゃない。今のは自分自身に問い掛けている様な物なので、返答は無いに等しい。
暫しの沈黙、それからふと何かを思いついた様にツイ、と顎を上げてもう一度唸った。
 フワリ、と風が柔らかな髪を撫ぜて行く。癖っ毛だからか、フワリと持ち上がったかと思うと直ぐに自然的にもと居た場所に戻って行く動作にもあまり気を配っていない。微妙な生暖かさを持つ血生臭い風だけれども、それも気にする事もせずに阿弥陀丸は「あー。」と残念そうな声を発した。

「違う…違う…ん~…何だったかな…。」

 真剣な表情で、何かを捜し求めるかのように言葉をポツリポツリと発しては軽く唸る、を繰り返すと、何処となく力のこもっていない視線を二度と動かぬ骸に向けると、大きく溜め息を吐いた。君のせいで忘れてしまったじゃないか、と恨めしげにボソッと呟くと、もう一度小さく二酸化炭素を吐き出した。

 考え出すのは簡単で、面白い。
しかしそのアイディアを途中で無惨にも潰してしまうのは何とも惜しい物で、若干の抵抗を覚えてサーベルをわざと音をたてて鞘に納めた。
それから突然はた、と動きを止めてスーツのポケットに手を突っ込み、中の品の形を確認するとほっと肩の力を抜いた。
しかし油断は禁物と落ち着きながらも動源のねじを少し回して一秒、二秒。機会特有の間の後に流れ出したのは、童歌だった。その滑らかながらもぎこちのない音を響かせる中で、頭の回転が急加速した。

 従兄妹のおっとりとしたスナイロユンクの笑みが脳裏に浮かぶ。何時だったか機会仕掛けのからくり人形を贈ったら、最初は目を輝かせて子供の様にはしゃぎ、そして無邪気な笑みを見せてくれた。子供がひそひそ話をするように嬉しそうに笑って囁かれた単語は、


―――ありがとう。阿弥陀丸。

「…どうもあの笑顔には弱いんだよなぁ…。」

 何時の間にか苦笑を浮かべ、困った様に髪を掻き上げる。確か先程の思い付きもその従兄弟にプレゼントしようと秘かに考えていた物についてだった。

 そうだそうだ、と頷くと―――ホルスターに納まっている銃に手をかけた。そして目にも止まらぬ速さで銃を相手の額に構える。
だが、構えた瞬間目を丸くした。視線があった紫に背筋がゾクリとしたのも束の間。阿弥陀丸は数少ない表情に薄く笑みを刻んだ。

「君でしたか、久しぶりだね。プリケリマさん。」

「物騒。勘違いした?」

 ボソッと言葉を紡がれると同時に銃を片手で押し退けられる。すいません、と謝りながら軽い動作で銃を納めて会釈する。紳士の様な仕草も彼には似合っていた。
横目でチラとそれを見ると、「何の音?」と小首を傾げられる。今しがたアイランドに流れる春の童歌はのんびりと速度が遅くなり、音が消える直前だった。もう一度ポケットに手を突っ込み、今度はそれを摘み上げて目の前の人物に差し出した。鉄の歯車と小さな木の入れ物。小さな箱からゆっくりと流れる音楽に怪訝そうな顔をしたプリケリマに微笑みかけながら、

「オルゴールさ。悧角にあげようかな、とね。」

直ぐに嗚呼、と生返事が返って来て間発入れずに

「気に入るんじゃない?」

 と、淡々と呟かれるそうだと良い。と相槌を打ちながら掌に納まってしまう程小さな玩具の奏でる狂いの無く滑らかなメロディを聞きながら、口を開いた。

「だけどまだ完成じゃないんだ。」

「そう。」

「色も塗ろうかと思ってね。だけど何色を塗ったら良いか分からなくて…。桜色や青も綺麗だし…。」

 困った様に眉を寄せた。後半部分は独り言になっているが、考えていた事を打ち明けるとオルゴールをしげしげと見つめながら首を傾げた。
丁寧な彫り込みと柔らかい桜をイメージさせる暖かい音。それに合う色は沢山ありそうで、迷いに迷って決めても後々また悩みそうで、色とは本当に難しいな。自身の中で簡潔させ、僅かな笑みを掻き消してからゆるゆると真剣な表情に戻して行った。
今しがた考えて思い付いた色。それも似合うか、とポツリと口にする。別の意味も含めて、

「…赤…。」

「ん?」

「いや、赤も良いかな、とね。」

 深くて、柔らかな赤。想像してからふと、切なく笑った。それを目にしたプリケリマは、怪訝そうに眉を寄せてポツリと問う。

「染まらない様に?」

「…染まらない、様に?」

 呟きながらホルスターの銃を片手に納めた。先程と同じように一瞬で抜き放つ。その流れを殺さない内に情緒なく引金を引いた。
場違いな程にパンッと重々しく響いた銃声と、当たる直前迫っていた牙を砕かれた悲鳴。フイッと視線だけを背後にやったプリケリマは詰らなさそうに目を細めた。

「私が殺ってあげたのに。」

 色めいた息を吐かれると同時に、そうかい?と銃を早々ホルスターにしまう。
口元に柔らかな弧を描くようにして笑みを作ると、阿弥陀丸は飄々と言ってみせる。

「そうかも知れないね。」

 流れを止めぬようにと、今度はサーベルに手をかけてゆっくりと陽光に光る銀の光に眩しそうな仕草をすると、ニコと笑いかける。


「これ以上何かに染まらない様に、赤にしたいのかもしれない。」

 サーベルを抜いた瞬間から激しく横をすり抜けては舞い上がるを繰り返すのを鬱陶しそうに見上げていたプリケリマは手をヒラリと振った。
それを合図に振り上げたサーベルに纏わりつくようにして威力を増した風の刃。それを凝視し、阿弥陀丸は横薙ぎに麗しい風の刃を敵に、放った。


    赤は染まりにくい。
   何故ならその色こそが本来の色だから。
   だからその真っ赤な玩具をどうか君に。

   力量を持ち合わせた時に作り出した玩具を、


        喜んで頂けると幸いです。


さぁ、どうか受け取って、真っ赤な玩具。

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梓尹さんへ

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