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【眠れぬ夜の 優しいお話】

 にんまり、刻まれた笑みが気持ち悪い程、深い。
キャンディみたいに真っ赤な唇。赤がゆっくり弧を描いた。振り乱された髪、普通じゃ有り得ない位、細い腕。それがゆっくり伸ばされて―――。

 それと同時に、悲鳴を上げ、頭を抱え込む様にして自身をかばう。すると、不思議な事に、伸ばされた腕が闇に溶けた。けど、必死に瞑った瞼の奥には、深い恐怖が残っていた。怯えてしまう程、深くて怖い恐怖。



 目を開けたら、伸ばされた自身の華奢な腕が映った。荒くなった呼吸を、必死で押さえようと胸元を掴む。
ほっそりとした肩が、震えていた。ラヴォクス特有の大きな耳も同様に、小刻みに震えている。
まん丸い瞳が、ゆっくり閉じられる。小さな溜め息が自然と口を告いだ。

「…大丈夫?」

 突然、背後からポツリと放たれたアルトに、ビクリと背筋が跳ね上がった。
ギクシャク、ぎこちなく首を振り返らせると、少しだけ驚いた様な濃淡な紫の瞳と目が合った。

 この声に、今自分は悲鳴を上げて飛び起きた事に気付いた。「すいません。 」と、慌てて頭を下げる。それでも足りない気がして、まだ震えている声で謝罪の言葉を呟く。

「すいません…本当に…。」

 相手の片眉がヒョイと上がった。困った様な表情だ。予想外の反応に戸惑って、慌てて起こしていた上半身に体重をかけて、完璧に起き上がった。だが、

「…怖い夢でも、見た?」

 濡れた烏みたいな色の髪を掻き上げながら、年上の女性は問うて来た。
キョトリ、何度か目を瞬きさせる。不思議に思って口を開くと、「怖い夢なら、話した方が楽になるよ。」飄々とした口調が言葉を紡ぐ。
困った様に苦笑を浮かべると、綺麗なメロン色の瞳を細める。上手く笑んだつもりだった。だけど、目の前のモノトーンに彩られた彼女の姿が、歪む。

 あれ?目をもう一度まん丸くさせた瞬間に、開き掛けた唇がゆっくり震え出した。今し方言おうとした、大丈夫ですよ。が、頭の中でぐしゃぐしゃになる。

「夢…見た、ん…です。」

 話し始めたら、せきを切った様に、涙と言葉が止まらなくなった。
何時も冷静で、温和な彼にしては、随分とめずらしい光景だ。片手に開いた本を閉じながら、震えているボーイソプラノに耳を傾ける。

「女、のひと…がっ、怖く、て…。」

 本当に、怖かった。
 伸ばされた腕が触れる。綺麗に引かれた筈の口紅が、闇の中に赤を彩る。細い、腕が、伸ばされた。自分に。
振り乱された髪の下の表情が見えなくて、まるで幽霊の様な女の人。狂気的に笑ってた。

「怖く、て…僕、っ…怖かった…」

 最後の方は、既にしゃくりを上げていて上手く言葉になってなかった。
けれど、怖かった夢だったのは十分過ぎる程伝わる。小さな、でも怯えた声を緩め、アサルトはゆっくり潤んだ瞳を擦る。

「っ…すいませ…取り乱し、て…」

 か細い声。
 謝罪の言葉を述べたのに、プリケリマは呆れた様に笑ってた。不思議そうに見返したメロンの瞳。鮮やかで、柔らかい色合いさえも震えている。

 不意に、遠くない距離で白い腕が伸びた。
自然に夢と、フラッシュバックする。慌てて後ずさった瞬間、正気に戻って、また反射的に謝ろうとした唇に、人差し指が当てられた。
 ヒヤリ、雪の様に冷たい。けど、安心出来る冷たさだ。肩の力がゆっくりと抜けて行く。それを見て、安心した様に細まった紫と視線が合う。

「…怖かった、ね。」

 白い両手が、優しく自分の頬を包む。涼やかな感触が心地良い。夢と違う。

「寝れるまで、此処に居て欲しい?」

 また、怖い夢を見ない様に。怯えない様に。
指が少し移動して、茶色の髪を撫でる。サラサラした、柔らかい触り心地を堪能しながら、プリケリマはアサルトの目を覗き込んだ。問い掛けの答えを求めた視線。

 思わず頷くと、空気が笑う。
反射的に体重を掛けて、彼女に抱き付いた。昔と変わらぬ動作。プリケリマはそんな彼を抱き締めて、自身も一眠りしようと眼差しを閉じたのだった。

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瓶ちゃんへ

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