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【正義のヒーローは何処。】

 アップテンポで、聞き取りやすい歌詞のサビの部分を何度も何度も繰り返して歌いながら、そのスミレを連想させる瞳を瞬かせた。
まだ春は遠い。その理由を露にしている辺りに散らばる霜に、今しがた横切ったまだ冷たい北風。それを気にもせずに柔らかな歌声を響かせて、そのケマリは高く高く跳び上がった。

 そのままフワリ、と風に乗って日光が照る上空へ。
何とも居心地が良くて暖かな場所だろう、と思って満足そうに欠伸をすると一眠りするように小さく丸まろうとして―――動きを止めた。
 何処からとも無く「にゃあ。」と震えて小さくて、そしてか細い声が聞こえてきたのだ。器用に上半身だけ起こして左右を見回す。最も上空なのだから、見回しても雲ばかり。だけど、その中でも微かに「にゃあ。」と助けを求める声が響く。

 可笑しいな、と頭をカシカシ掻くと、しばし高度を下げてもう一度左右を見回すと。明らかに冬の景色に相応しいほっそりとした木の中で、綺麗なのだけれども何処か薄汚れた斑模様を見つけてしまった。


「大丈夫…だから…ね…!」

 恐る恐る、一歩一歩足を踏み出しながらそのケマリは呟いた。
殆ど自分に言い聞かせるようにしかならなかったのだが、自分なりにはその子猫を安心させるために言った。だが、その子猫は不安そうに「にゃあ。」と鳴くだけ。親とはぐれたのか、その声は幾分頼りない。
 しかし、そんな事を気にも止めずにゆっくりゆっくり前へ、そして子猫を見つめて必死に平静を装い、満面の笑みを見せた。

「僕が…助け、て…あげる…か…らね!!」

 嗚呼、言葉までも一歩一歩ゆっくりと吐き出されてしまうと苦笑を零してから、慌ててキリリと顔を引き締めると、また一歩と足を進める。
見かけどおりほっそりとした枝は歩きにくく、何時落ちたって不思議ではない。だけれども、一生懸命に頑張っている彼の姿は見ていて微笑ましくもある。

 しかし、突然強風が吹いて、思い切りバランスを崩してしまった。
だが、それでも持ち前の運動神経で軽々クリアして、軽く溜め息。そして子猫にもう一度満面の笑みを見せた。
それは「今から助けてあげるからね。」という笑みでもあった。それを見て少しばかり和んだのか、子猫が力なく尻尾を振る。それだけでも嬉しかった。
 ニマ、と笑うとさあ後もう少し、とばかりに足を力一杯振り下ろして―――しまったのが間違いだった。

 細い枝が純情じゃないくらいにしなって、自分の中の重心が崩れる。それだけなら良かった。だが現実はそんなに甘くない。後ずさりするように後ろに一歩進めた足が空を切った。
切羽詰った子猫の鳴き声。それと、

「…!あぶな」


 明らかに警告してくれてる誰かの声。聞き覚えがあるのは気のせい?でももう遅い。それが耳に届いたか届かないかの所で、今まで平気そうな顔をしていた枝が一気に、音も立てずに折れた。

 自分は何とか宙に投げ出されても軽々地面に着地できる。でも今は違う。子猫がいる。落ちていく中不覚にも瞑った目を慌てて開くと、宙をクルクル回りながら明らかに落下して行っている斑模様の子猫が悲鳴にも似た叫び声をあげた。無我夢中で、それに手を伸ばす。が、届かない。懸命に今度は両手を思い切り伸ばした。
 すると、掌に収まるような感じでやっと届いた。必死でそれを自分の胸に抱き締める。落下のショックが伝わらないように、と。嗚呼、良かった助けられたんだ。と苦笑を零すと、黎織は目を瞑った。


 だが、そのショックはいきなり宙にニュッと突き出された二本の細腕が抱き止めるようにして失わされた。黎織は一瞬ヒヤリとした感覚に包まれて訳が分からないまま、あれ?僕もしかして天に昇るんですか?と何故か安らいだ気持ちで考えた。
 けれども、「にゃあ。」という短い声で現実に引き戻されそうになるが、子猫も一緒に行くのかな…という思いがその思いを打ち消して眠るような気分で目を瞑っていた。しかし、

「…危なかった、ね。」

 明らかに、現実にいる人の声。ということは、
今度はパチリと思い切り目を開ける。寒空の下に折れた枝が横たわっていて何とも寂しげな風景。北風が頬を撫でていってくすぐったい。
 二つ目、胸の中の子猫が温かな眼差しで「にゃあ。」と鳴いた。それは感謝の意味なんだろう、と思ってよしよし、と頭を撫でてやると嬉しそうに目を細める。
 三つ目。今自分は宙に浮いている状態。勿論飛んでいない。しかし目の前には女の人の声、独特の喋り方。ということは、だ。

「リーちゃん!!」

 パアッ、と目の前で向日葵が咲き誇ったような錯覚を覚えた女は、「ん?」と気の抜けた返事を返しながら黎織を硬い地面の下へと下ろす。ゆっくりと地面を踏みしめて、一回深呼吸をすると、猫を抱き締めたまま口を開く。

「助けてくれてありがとう!あれ?でもどうしてリーちゃんが此処に…?あ、僕に会いに来てくれた!?」

「どーいたしまして。いや、主人から届け物。」

 淡々、と答えられて無言で便箋を差し出される。エアメールのようなシマシマ模様のついた小さな封筒。「ええ?何かなぁ。」とわくわくした様子でそれを丁寧に丁寧に開いていく。
ピリピリ、と糊付けされた部分が破れて、中に入っていたプラスチックのようなカードが取り出される。それにはそんな言葉が書いてあったとさ。


【YOUR HERO!!WONDERFULL!!!】

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壱夜カナトさんへ

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